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=個性派の柴犬とその血脈=


 柴犬界はその数においては、安定期に入り平均的レベルも向上した。
 しかし、種の発展には数と質の向上が常に基本であり、目標とする高度な犬の作出には、数が達成された今日は、質の向上に目を向けることが絶対不可欠なことであると思料される。「数の論理から質への移行」である。
 21世紀は、人間と自然との調和の時代だと言われているが、柴犬も、人為的に作られたような姿態、綺麗さだけを求めたショー・ドッグとなれば、日本的な自然の美の心から遠く離れ、やがてその数も減じるであろう。
 日本人は、一輪の花の生け方、一つの石に美の結晶を造形すると言う、比類のない美学を作り出した。また、一粒の露に人の生命のあわれさをうたう心を持つと、拙宅を訪れる日本通の外国人は語る。
 展覧会の過熱化は、欠点を取り除くことが主体の作出に陥りやすく、時間の掛かる個性的な長所の積み重ねによる作出が影をひそめる結果を生み出しかねない問題を含有するのではないだろうかと心配する次第である。血脈の尊さと言うか、年月を重ね真剣に本質を追求し、作出された犬のみが持つ、背筋がゾクッと寒くなるような堪らない喜び、それは持ち主なんか誰でも良い、ただただその犬との出会いの喜び、そんな何頭かを記してみたいと思う。
一号(戸隠荘)
中市号(赤石荘)×文美姫(鈴蘭荘)
昭和33年8月5日生

本犬は、名犬中市号の直子で墨丸号―小次郎号―白馬の源号―●●●●号―作州源号―鉄源号などと、現代犬にその血脈が強く流れている。
 また直子の大号(赤石荘)を通し名犬松真留号や和孝号にその血脈は続いている。その素朴な風貌は、野性味を充分に感じさせ、乾燥度もあり四肢も枯れて、歩様も柴犬らしい早いピッチで軽快であった。
 甲府の坂口さん(赤石荘)が中市の後継犬としたが、中市号には遠く及ばなかったが、系統的に作出される犬達に中市号に類似点が多くある所に本犬の価値がある。甲州ぶどうのような古き良き味わいを感じさせた犬であった。
大号(赤石荘) 
一号(赤石荘)×一姫号(東錦荘)

 一号の父子交配で作出されたのが信州の隠れた名犬、大号である。信州の米沢氏の元に居た犬で、名犬松真留号の母犬、赤房女号(三田犬舎)方面には、本犬の味わいをもつ信州柴犬らしい犬が残存していると思う。
 その毛質(特に冴えのあるある剛毛と綿毛)とその歩様、顔貌の品位、柴犬としての高度なつきつめた点では、天光号・松真留号・白馬の源号と言えども、その牙城に迫る事は出来なかった。
 顔貌を含め今後、柴犬がどう変化するかは知る由もないが「本物志向」を目指す作出家には尊い道しるべとして大切な事だけは確かであろう。
白馬の源(琅鶴荘) 
小次郎号(臥龍荘)×松真理号(琅鶴荘)

 両親共最高の血脈を持ちながら、本犬が現れるまで全く無名に近い犬達であった。信州の友人が話を聞き遠路見に行き、「まだこんな犬が信州に居たのか!!」とビックリした次第である。
 大号(赤石荘)とかなり共通点があり、類まれな毛質の良さは、この血脈は只者ではないぞとの感を強烈に受け、その父犬、母犬、またその両親犬と、信州の大町から長野市周辺を何回となく訪ね、家を訪ね、人に聞き、その系統の犬達を見て回ったが、体形的欠点、欠歯はあったがその動き、毛質、姿体は小生を安心させ、長旅の疲れを忘れさせてくれた。甲府の坂口さん(赤石荘)も、市(中市号)やラン(紅子号)に近い犬だと涙したと聞いた。信州戸隠村の小島恒夫氏(墨里荘)の研究の成果だと思える。
 直子の●●●●号(信州あづみの荘)が%%の%%氏の元で活躍し、作州源号、安曇の岳号、川奈の源号の大臣賞と、今一歩で若死した安曇の獅子号は昔日の山梨の犬に近いものだったと思われる。
コロ玉号(白鶴荘) 
コロ駒号(金栄荘)×毬号

 母犬毬号は父母不詳であるが、四国犬の血を引くコロ駒号を配し、コロ玉号が出た。完全な斑であるが、力強い顔貌と歯の問題の解決とあるが、天光の母犬玉姫も斑でありながら、信州柴犬とは異なる力感を有し、他のコロ玉号直子も四国の犬特有な目の配りがあり、特にコロ姫号は柴犬らしさと言う点では抜群のものを持っていた。
 このコロ玉号の直子雌に市王丸を交配したのが市助号等であるが、この子の八助号により丈二号、清市号を得、さらに丈二号から紅竜号、丈吉号などが出、この紅竜号から寺尾花号など数多くの大臣賞その他優秀犬が出ている。
 出来れば作出方針をコロ玉号寄りの系統作出の方が、父犬市王丸号を主体としたよりは毛質や体質の点でより高度なものへと近づくと思われる。
 そういった意味では、系統的な個性を大切に作出をして行きたいと思えるのである。
==文章・写真提供:社団法人日本犬保存会審査員 金指光春様==
・ ・・追記・・・

先日、金指先生のお宅にお伺いした時に、色々な話を聞く事が出来ました。その中で、今まで当たり前のことのように思っていた事を改めて質問されました。それは・・・。
 『日本犬標準とは』と『本質とその表現の意義とは』と。
 金指先生から改めて御教授賜ったものをここに書きたいと思います。

 日本犬標準は、我が国古来の日本犬の特徴・特質を基とし、将来作出されるべき日本犬の進路を示すものである。古来からあるものだから新しいものは要らない、と。勝手な解釈で進化させるものは要らないんだよ、と。確かに、日本犬標準が制定された頃の古い文献を見せて頂いたのですけど、現代のものとは結構違うな、と思いました。
 そして、標準体型と称されるものと同様の意義と考えるが、単なる体型以外、本質とその表現等の最重要事を含んでいるので、標準体型と言う言葉では適正ではない為、日本犬標準とした、と。『ウチの犬は標準だから一番だ、なんて言ってるなよ』と教えられました。

  本質とその表現の意義とは、について。本質とは、日本犬本来の性質、素質のことであり、その表現とは有形・無形に対者にその本質を感得せしむるものだ、と。ここでも、『本質とは悍威、良性、素朴だ、とか言うなよ』と言われました。それだけではなく、日本古来の純粋性を基とした素質の表現を合わせて感得せしむるのが本来である、と。

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