言葉に出来ない 3

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桃太郎さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない

言葉に出来ない 2

言葉に出来ない


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チョー気持ちいい!


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天狗号-湘南美雅荘
父犬 桃太郎号(湘南美雅荘) 母犬 はつ恋号(湘南美雅荘)
平成24年8月13日生まれ
平成25年4月27日撮影 生後8ヶ月


今日は天狗の撮影。
眼の周りが大分白く抜けて来た。想像してたより早い。目型がより一層見えて来た。スクラッチカードこすったみたく。眼が明るく無くて、眼が丸く無くて、良かった。

華原朋美のCDを買ってから家の中での会話がレ・ミゼラブル。唄い上げてばっかいるので喉がヤバい。決して風邪じゃない(と思いたい)。

ごっちゃんは明子ねえちゃんで、ごっちゃんのお兄さんは後者で

ペカシクプトリーから新潟の柿ピーが届いた。チョコ味とかイチゴ味とかも。これ、止まらなくなるんでヤバい。


今日は早目の出勤なので桃太郎と天狗だけ運動に行き、後は姉におまかせ。桃太郎と天狗は今日もバリバリ元気に走る走る。いつも朝の挨拶する人に「今日は早いですねえ〜」と驚かれつつ、ひたすら運動。

僕は自分でも良く判っているけど結構めんどくさい人。
なんでそんなことを言い出すのかというと。昨夜、日保の先輩と電話で話してた時に言った言葉で改めて気付いたから。金指光春先生と似ている部分、有るかも。

僕も結構執念深い。


明日は天狗の写真を撮影したい。仕事の終わり具合とお天気次第かな。

日本犬の眼

出典  「日本の犬と狼」 斎藤弘吉 著
     昭和三十九年八月一日 雪華社 刊



【 日本犬の眼 】


 我が国古来よりの犬の眼の説を申し上げますと、今より約四百三十年ばかりの前にあたる永正三年三月吉日の奥書ある、『斎藤朝倉両家鷹書』という秘伝の犬の相好の事の部に「かくの如くなる犬よし、いろいろ口伝ある也。いぬいかにも目のまえをれて」云々とあります。この目のまえをれてとは、素直というような意味合いではないかと存じます。
 小橋治郎右衛門『犬の書』、これは慶長二十一年八月十三日の奥書のある、すなわち今を去る約三百二十年ばかり前の書でありますが、この書の乾の巻、犬見様の事の部に「目ははし前斗りまもり、まぶち高く、目色はしゅたんにあぶらをおとしたるがごとし」云々、また「犬めきき(中略)見様口伝なり、まなこのつき様いろいろふく中までも見る也」とあります。目ははし前すなわち喙ばかり守り見るということは、いたずらにきょろきょろせぬ、落ち着いた、胆力のある、しかも鋭敏な精神を表わす眼の表情を巧みな言葉でいったものであります。まぶち高くということはむしろ眼球の張り出ぬ、奥まった眼という意味と解釈したらよろしかろうと存じます。目色はしゅたんに油をおとしたるがごとしのしゅたんはなにをいったものでありましょうか、朱丹の意味かとも考えられ、あるいは紫檀の意味かとも考えられます。油を落としたるが如しの一句で大体の虹彩の感じを表したものと思います。また犬目利の部まなこのつき様いろいろとありますが口伝となっていて残念ながら判明致しません。
 『唐流鷹深秘訣抄』の犬吉相の事の部には「眼は一つ」として「いかにも目あひ近きを良とす」とあります。この書の犬吉相の書き振りはいかにも変わったものでありまして、耳の説でも申し上げましたように、「疣か耳か」として「いかにも耳ちひさきをよしとす」といい、やや極端に説いております。この目あいもあまり離れたのは、いかにも愚鈍な相でありまして、御犬名所図やその名所の説明を書いた『御犬書』を見ますと、この目あいの延びている犬を河伯子犬と称し、定家卿鷹三百首中の和歌「谷川の流るる上を風かけて、鳥をたつるやおその子の犬」を引いて、「谷川などにてかくるをば、谷渡りともいへど、かけこすとも云がよきなり、おその子の犬とは鳥をば立れとも犬やりの遅きをぞなり、此の目あひの延びたる犬は下かんなるもの也、それをおその子の犬と云ふ」と説明しています。
 犬やりとは、ここでは犬の突込みのことを意味し、下かんは勘の悪いという意味であります。しかしこの目あひ近きを良しとするも、離れ過ぎぬようの注意と解釈したらよいと存じます。その他『鴨寄犬引伝書』の鴨寄犬の相形の部には簡単に「目は茶色」といっているだけであります。
 我が国の最も権威のある秘伝書の『蒼黄集』『蒼黄秘抄』は眼についてどのように伝えているかと申しますと、いずれも犬を相する上において、最も重大に慎重に取り扱っております。『蒼黄集』『蒼黄抄』は、この眼のところは同文であって、「犬形之事」の部に次の如くにのせてあります。
 「(前略)眼至って見所あり、考る所此の一眼に限れり。口伝あり習を得て明むべし。有増をしるす。白犬に黒眼あり、黄犬にかし目と云て鷹の眼の如く玉のまはりに大なる輪あり、人目より惣眼とも赤し、黄犬に限らず他の毛色にも眼替あり、多く気性強しと云へり。さかしきあり、にぶきあり、せはせはしきあり、静かなるあり、気短あり、温和なるあり、強気あり、至て愚なるあり、是皆いぬを繫ぐ時目を持って考ふ。見立てる時に犬を好くと見損あり。巧をと得見立べし」
 まず、犬を相することのうちで眼は最も肝要である。考究するところはこの1ヵ所であると、その重大に扱うべきことをいっています。次に口伝あり習を得て明むべし、すなわちその微妙なところは書いて伝うべくもないので口授を受け、かつ実際に経験を積んで会得せよ、しかしながらその大略を記すと断って、変り目のことすなわち尋常の目色でない眼について、また眼によって判断する犬の性質、賢、愚、利、鈍、強、弱、静、懆、をいろいろ述べております。最後に是皆いぬを繫ぐ時、眼を以て考ふ。すなわち犬を選択する時は眼の表わす犬の性質を考えて決定するのである。といっております。繫ぐといいますのは、当時公儀御犬牽が、町や村々に放し飼いされている多くの仔犬中から、自分の仕込まんとする犬を一頭選択して、まず馴れさすために自分のところに繫ぎます。それで選ぶことを繫ぐと申したのであります。当時公儀犬牽は、一人に付いて一頭乃至二頭の犬を受け持って専心調教したものであって、この一頭乃至二頭のために代々扶持を頂き、その犬の調教のできばえ、将軍家御前での犬の働きばえによって、一身一家の浮沈に関係するものでありますから、その仔犬の選択も苦心をしたもので、名犬となるべき素質を持っている犬を、探すにずいぶん苦労したものと推測されます。繫ぐ時眼を以て考ふ。眼をもって犬の性質を判断するに精力を傾倒したものと思います。なお最後に、見立る時好くと見損あり、巧を得見立べしと注意がしてあります。最初に見たときに毛色や、形等によって、好きな犬だと思って見る時はその犬の性質の欠陥が判らず見損うことがあるものである。単に観賞のための犬ではなく、調教使役せんとする犬を選ぶときは、好き嫌いに煩わされずにその犬の本質を見抜かなくてはならぬ、それには巧を得、すなわち、不断の研究と多くの経験を経て選択せねばならぬと結んでおります。
 蒼黄秘抄には次の如くに書いてあります。
 「(前略)此の形を考見て何もよき様にみえ候はゞ、眼中を得と見るべし。人に愛されてそだち、食餌にも乏しからず成長したる犬は、眼中すなほに見え、恐けも少く、自然と性のよき所見ゆるものなり、か様の犬を好て用べし。相形は能く見え候ても、常に人に追はれ呵られ、食にも乏しくして成長したる犬は、自然と眼中にこりありて、人を恐れ形気悪し、か様なるは馴けもむづかしく、取り扱ひむづかしきこと多し(下略)」
 「(前略)眼中はたいゆうなる所を好む。(中略)眼中黒目がちにしてぎろぎろしたるは、得てさわがしくしてよろしからず。鳥当りにもさわがしく、年老ても直りがたく、少の事にも恐れて鳥をけ逵ること多し」
 前文のこの形を考え見てというのは、犬体各部の体型毛色その他すべてを考究してみて、良しと考えたなら最後に眼をとくと見られよ。生い立ちの良いものは性質素直であって、仕込みも容易であるが、形は良くても生い立ちの悪いものは性質が素直でなく、仕込みがむずかしい。このような犬は、眼中に自然と凝りがあって、すなわちなんとなく不純なところがあって判るものであるといっております。後文には眼中大勇なる所を好むと書いてあります。大勇なる性を表わす眼、すなわち眼の形、色、動き、表情が悍威、大胆、細心、賢知、順良、落ちつき等を表わす所のものは、最もよしとしております。これは猟仕込みのことのみならず、あらゆることに使役するに理想とすべき眼でありましょう。眼中黒目がちであって、ぎろぎろとしたのは得て騒がしくてよろしくない。鳥の嗅にをつける時でも騒ぎまわり、いささかのことにもびっくりして、鳥の嗅いをかぎちがえること多く、この性質は年老いても直らないものであるといってます。この黒目がちでぎろぎろした犬というのは眼の大きい、張り出たものによくあり、ちょっと強そうに感じるものでありますので、特に注意したものと思われます。
 以上は我が国古来の眼についての説でありますが、動物学の世界を見ますと、故渡瀬博士が「眼は茶色で、ある角度をなして上に向ひ」と講演したと『理学界』にでており、『動物辞典』には「眼は稍斜にして勇猛の相あり」としるされて、いずれも外眥の上がることを申しております。変わり目については『両羽博物図譜』が「眼の白青変駮馬の如きを見ること一にして足らざるなり」と述べております。しかしこれは明治三十年代の洋犬のだいぶ入り混じった時代の見聞記でありますので、我が国古来の犬にかのごとき変り目ありや否やは、今後の研究に属することと存じますが、鹿児島地方においても明治初期に金目、銀目、の説があった由を聞きます。しかし同地方は最も早く外国のものの輸入された土地で、洋犬の入ったのも全国中最も早い部に属する地方ではないかと考えられます。
 本会規定の日本犬標準の眼の部を見ますと、「稍三角形にして、外眥上り、虹彩濃茶褐色を呈す」とあります。これに私自身の考え、解釈の仕方をそえて申しあげますと、まず第一に眼が適当の位置にあって、両眼のあまり離れ過ぎぬこと。もちろんあまりに近接し過ぎましたものは嶮しい、陰険な感じが致しましょうが、近接過ぎると思われる眼は少なく、離れ過ぎると思われる眼は多少見受けられます。それで昔から、目あいの延び過ぎぬことを注意致したものと思われます。第二に眼の形のやや三角形で少々外眥上がることであります。眼の形は犬のその時々の精神によって変化あるものでありますが、その平静な時の眼の本来の形が、下目縁線がやや一直線をなし、少々斜めに上り上眼縁線は内眥すなわち目頭をなす方の線より外眥すなわち眼尻をなす方の線がやや長く、三縁線のなす眼の形は、やや三角形に近いように思われます。眼が丸くて目尻の下ったものは日本犬にはないように存じます。第三に眼の大きさでありますが、特に大きな眼は自然出張り出た、俗にいう出眼に多く、いわゆるぎらぎらとした眼で、臆病、少しのことにも騒しい犬に多くあります。特に小なるものは、多く眼の深まった位置にあります。このような眼つきのものは、勇敢であるとともに強情な性質も多いように存じます。やはり家庭犬としての日本犬は大ならず、また、極端に小ならず、中庸を得た程度の眼が望ましいかと存じます。第四に眼の深浅であります。もちろん張り出た俗にいう出眼は悪しく、やや奥まった位置でなければならぬと存じます。ただここに御注意申し上げますのは、同じ程度の奥まった眼でも、眼の大きさの小さなものは実際以上に奥まった感じが致し、同じ深さでも眼の形中程度のものは目立つほど深く感じないものであります。第五に虹彩の色であります。しかし日本犬そのものの目玉の色は濃茶褐色が基でありましょう。これより深い色をしているものに、やや青みがかった、深海の色とでも申すような眼があります落ちついた大胆な性質のものに多いように存じます。ここに御注意申し上げたいのは、左右の虹彩の色の多少ちがうものがありますことで、私のかつて飼育しておりましたあ、小型の牡は、左眼が濃茶褐色で右眼が今申し上げました深い青ずんだ眼を致しておりましたが、気性はなかなかよい犬でありました。目玉の外輪にやや色の浅い輪の入ったものがありますが、日本犬としては体型のやや感心せぬ犬に多く、かつ気性も、鼻っぱしは強くともどうも最後の落ち着きがない犬に多いように考えられます。第六に眼の動きであります。さきほど申し上げましたように、昔の秘伝書には「はしさきばかり守り見」とありますが、要は、ぎろぎろ、きょろきょろせぬ目使いが大切かと存じます第七が以上を総合しまして眼の表情、その犬の心を表現する眼の表現であります。眼のかがやき、眼の動き、眼のすべてが日本犬の本質である悍威、大胆、素朴、落ち着き、忠順、素直、彗智、鋭敏を表わすものでなくてはならないと存じます。
 なお眼の外傷その他は多少注意すれば判明致しますが、普通と変わりないように見えて、視力のたいへん弱い、俗にいう鳥眼と称されるものが犬にもあります。これはよほどご注意なさらぬと判明せぬことが多いように存じます結局眼によって犬を相するということは、その人その人の深い体験によって会得すべきことで、古人のいったように、巧を得て明むべしの一語に尽きるかと存じます。(昭和九年十一月)

水太り

昨夜は眠る前に水分を摂り過ぎて今朝はおもくそむくんでしまい。犬の運動時に着用する雨具の手首んとこのゴムのあとがクッキリ。何で夕べはあんなに水分摂っちゃったんだろう。

犬達は今朝もいつも通りの運動。桃太郎を筆頭に元気な運動が出来た。
今日も紅子に聞いてみたけどやっぱ同じだった。そっかそっか。さすが野武士小屋の犬。

天狗の僕的に気になってたところが、まあこんな感じならよしとする程度に修正出来つつあり。最初から良いものには敵わないけれど、そこは作出者の心意気。サイズも大丈夫そうなので姉が食餌の配合を替えた。
抱っこすると以前と少し違ってこっそり隠れて抱っこしてるにもかかわらず恥ずかしそうに暴れる。それでも歯のチェックしなきゃいけないし顔の配色をチェックしなきゃいけないし。

天狗の眼の周りが大分白く抜けた。眼型がよりはっきり見えるようになった。これは赤毛でも同じく必要だと金指光春先生から教わった。

仕事から帰宅して桃太郎と天狗の顔を観る。
桃太郎の顔を見ていると恐ろしいけれど引き込まれそう。
天狗の顔を見ていると恐ろしいけれどまだまだ子供なのでついからかいたくなる。

I heard you say



今朝も早起き。慣れたもの。
紅子を運動に連れ出した時、紅子を抱き上げて眼を見て問いかけてみた。『紅子はどう思うの?』。

抱っこしてこっちに顔向けて眼を見て紅子の答えを待つ。無言。無音の無言。『名利没却なんじゃないのかしらねえ』と無言でひと言、紅子が言った。そっか、やっぱそうだよな。さすが紅子、思い出させてくれた。

ごっちゃんを運動に連れ出した時、しゃがみこんでごっちゃんの眼を見て問いかけてみた。『ごっちゃんはどう思うの?』。

ニッコリ笑いながらお兄さんの顔を見つめながら無言でひと言、『紅子かあさんが言ってたでしょ?』。

運動から帰宅して結果を姉に報告。



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貴春女号-不動ヶ滝犬舎

今月の26日でタカちゃんが亡くなって丸2年。あっという間だった。
タカちゃん最後の娘、はつ恋ちゃんも桃太郎との間に天狗を授かり、天狗にも『野性(狂気)の眼』をしっかりと引き継いだ。丸目じゃないタカちゃんの眼は沢山の人々を惹き付けた。もう少し若い時に全国展覧会へ出陳してあげれば良かった。



5年前の全国展覧会にてタカちゃん初出陳映像。たった5年前なのにもう懐かしい。

At least not today



華原朋美のCD↑買った。この曲のピアノVer.とI'm proudの2013年Ver.も入っててDVDも付いてた。日本語詩は岩谷時子。的確な、流れるような日本の言葉。岩谷時子って言っても今の人はわかんないんだろうな。

以前のシステムは最良の選択だったけど、蜜月はいつまでも続かないのを考えると、今回で本当の意味での「次の場所」に向かえたと思う。ギリギリの所であっちに行かずに留まって少しヒョイっとあっちに行っちゃった風な感じが天才だと思う。誰かに迷惑を掛けてでもそれを無意識にやれたら。
アルバム出たら買うね。

今朝もいつも通り桃太郎達の運動に。早く起きるのも思いのほか慣れたね。気候が良いと目覚めも良い。不思議と仔犬達が朝早くに泣かなくなったので中途半端な眠りじゃなくなったのもあり尚更。

今朝、ごっちゃんと話し合いをした。内容は秘密。でも明日もう一度ごっちゃんと話し合わなければいけない。ごっちゃんの意見も聞かないと。

おせーて



今日から犬達の運動時間を早めた。なので自動的に起床時間も早まった。明るいのは良いけどなるべく状態を変えない運動をしたい。


ごっちゃんのカラー写真を白黒に変換してみた。

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胡麻毛だからやっぱカラーがいいな。まだまだだな。

逆に天狗を白黒写真にしたら良い感じになるかもね。暑苦しいとこが抜けて見えるかも。今度試してみよう。

桃太郎のカラー写真を白黒に変換してみた。

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桃太郎、お兄さんはこの眼見るとドーパミンでちゃうよ。

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しっかり男の子に育ってる。お兄さんは嬉しいよ(涙


金指光春先生と話した。アーロハー。
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