アーロハー

今夜は少し早めに帰宅出来たので、金指光春先生宅へ。アロハシャツ黴びた・チョコ溶けた、と。まーったく嘘言うんだから。

光春先生宅へ行くとまずは必ず犬舎を覗かせてもらう。北海道から導入した赤雌と、その娘と息子達(父犬は桃太郎)を見る。犬舎の前でジッと眼を覗き込む。強烈。天狗も負けてられないね。

それで光春先生からハワイ旅行のお土産を頂いた。

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アーロハー!

ハワイ旅行の映像も見せて貰った。食べ物の量が多そうだけど美味しそう!
時間の流れが普段の2分の1くらいなんじゃないかな。ゆったりしてた。

それで僕も光春先生にお渡しするものが有ったのでお渡しした。

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桃太郎の成長過程第三弾とその息子・天狗の成長過程第一弾DVD映像高画質版。
それと、千葉支部展覧会で撮影した桃太郎の写真40枚弱。

物語のつづき


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平成24年春季展覧会の出陳目録に出した広告原稿。
今秋には物語のつづきを。

今日はいつもより早目に起床。犬達の運動。毛を抜いてからの天狗は動きまで軽やかに見える。綿毛だけであんなに重く見えてしまっていた。後躯のバネが凄い。
桃太郎はこのところ機嫌が良い。いつもニコニコしてて運動の時も何気に当りが強い。運動の速度にも気を遣う。崩さないように安定度の高い歩様を維持。

一番元気なのはごっちゃん。四輪駆動の感じ。走りながら齧ってくる。名前を呼ぶとUターンして飛び掛かって来る。可愛い。今朝は運動の途中で抱っこして話を聞いてやった。

明日も早目に起きられそう。写真でも撮影するか。

上昇


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古鉄号(向かって左)と谺号(向かって右)。桃太郎と毬古の仔犬達。
順調にいいこに育っている。この時期の子育ては超全力を尽くして仔犬達と向き合う。
雌よりも雄のが手が掛かる感じだけど、やりがいがある。

第一小臼歯はほぼ大丈夫みたい(もっこりな感じ)。あとは前歯の抜け替わりの時に噛み合わせに気をつける。天狗もそうだけれど顎の造りがしっかりしてるんだよね桃太郎の仔達って。下顎が厚いとか言う説明じゃなく、このなんつうかな、アイーンの部分の骨がボコっとしてるんだよね。これは桃太郎の父犬金太郎号(野武士小屋)とその一族から受け継がれている。金太郎号とその先祖の血脈の犬達に触れて確認して発見した時は思わず興奮して野武士小屋の荘主に『あの犬達は顎のあそこが!』って言ってしまったほど。

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桃太郎の息子・天狗号(湘南美雅荘)。この黒毛は隔世遺伝なんだろうなあと思う。天狗の母・はつ恋号(湘南美雅荘)には黒毛が殆ど入っていない。遠く辿ると入っているけれど。天狗の父・桃太郎号(湘南美雅荘)は比較的近いところに黒毛が有る。

昨日金指光春先生と電話で、天狗の事をはなした。関東連合の成績で現状凄く満足していて嬉しい事や、いま現在、天狗の事をどう思っていて、どうしていきたいのか、とか。

『天狗の不気味な目つきが好きなんです』

と僕。

『目つきじゃなくて目配りだ』

と金指光春先生。

『小型らしい眼?そうじゃなくて日本犬の眼だろ?』

と金指光春先生。そうです、そう思います。
金指光春先生は天狗の交配相手をすでに考えて決めている。

関東連合展覧会の前日に天狗の顔と尾を除く総ての部分の綿毛と古い剛毛を抜いたらひとつ発見が有った。
ずーーーっと気にしてたんだけれども、天狗の毛に一定の方向から太陽光が入ると、赤っぽく見える部分が成長段階で出てたので、それが駄目なのかそれとも時期的なものなのか、と。
今回毛を抜いてみて判った。一定の方向から太陽光が入ると赤っぽく見えるのは古い毛だった。良かった。

お前に会いに


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関東連合展覧会に行くよって神奈川支部の横山さんご夫妻(犬舎号 やまびこ)から連絡をいただいた。おーじゃあまたあいつに会えるな〜と超楽しみにしていた。

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会いたかったあいつ。黒龍号-やまびこ 呼び名 "シノ"

昼休みに横山さんと神奈川支部の鈴木さんに、昔の四国犬の話を聞いた。
話を聞いている間中、シノは眼が合うと低い声で唸る。眼を逸らすと唸るのを止める。でまた目が合うと唸る。何故敢えて眼を合わせるかと言うと、シノの眼に吸い込まれそうだから。それが怖いけど止められない感じ。あー判って貰えそうに無いね。

天狗号-湘南美雅荘



誕生から生後9ヶ月まで

反省しきり

昨日は平成25年春季公益社団法人日本犬保存会関東連合展覧会だった。

天狗さんを手ぶらで帰らすわけにはいかないなんて言えない状態の天狗は44頭出陳中まずは11席に入り、若犬賞14本の枠に入賞出来た。嬉しい反面、審査員の先生にこんなに状態が悪いのに出陳して失礼なことをしてしまったと、海より深く反省。

1週間ほど前に撮影した天狗の写真は過去の日記に有るのでお暇な方はどうぞ。
それでこの時はまだ小さい穴程度で大丈夫だったけど、見た目の表現が全体的に綿毛が浮き始めたようで実際よりも重くなってきた。

で、更に暖かくなって来たのでガッシリついていた綿毛が抜け始めると止めようが無い位に抜け、ついに体側は両側共に大きい地図が出来てしまった。特に実際に飼育してて感じるんだけど、犬個体の毛質が良い場合いざ抜け始めると、抜けるのが早いんじゃないかな。スルスル来るね。表毛が太いし。

結果、関東連合前日まで何度も姉と口論になり。

姉『天狗にブラシ入れろ!』
僕『入れない。自然のままで』
姉『金指先生に電話して聞いてみろ!』
僕『入れない。自然のままで』
姉『みっともないんだよ!』
僕『じゃ出さない』
姉『おー逆ギレか!』
僕『はいじゃあ入れます』
姉『あ"?』
僕『私はブラシを入れないって言う。あんたはブラシを入れろって言う。だから入れます』
姉『※い●■こ※∵▲っ!!』

関東連合展前日早朝。
天狗の運動してる最中にご近所の阿部さんの奥さんと会い「明日展覧会に出陳するんだけどこれじゃどうですかねえ」みたいに聞いてみて、えー展覧会見に行った事有りますよ寒川とかでやるの何回も行ったわと言われ。じゃあ天狗のこんな姿じゃ駄目なんだろうなと思っているんじゃないかと思い立ち、帰宅後すぐに頭部と尾を残して綿毛と抜ける剛毛を抜いた。

関東連合展当日。
天狗を車へ積む前に連れて行くの止めようかと再び思い立つ。でももしかしてみんなこんな感じかも知れないなとポジティブに考え直し車に。

会場へ着いて排尿のため外に連れ出す。会う人会う人に「昨日抜いちゃったんですデヘヘ」と言い訳。今日の審査員を確認しに本部席横に貼ってある紙を確認すると、桃太郎を審査して貰ったことがある審査員。あー、桃太郎の息子としてこんな感じですと是非観て貰いたいなと思いつつ。

午前の第一審査が始まり天狗のクラスのリングに犬達が入場し始める。ええええみんな状態良いじゃないの・・・・・・。どうしようかなと悩みつつ、出陳。

まずはリングも嫌がらず、そんなには我侭言わず、歩様はまだまだ下手だけど体高も普通に測定出来たし、それより何より天狗を審査員に観て貰えたことで嬉しかったし納得した。
けど、こんな状態で出陳してしまった深い反省と共に、月齢を聞かれて答えた時にも審査員の顔を見れなかった。天狗を引いている時は桃太郎を引いている時のような"脳内物質"も出ず。

午後の第二審査最中も天狗は特に変わった様子もなく第2グループに呼ばれ、若犬賞入賞。審査終了後に担当審査員に(審査して頂いた事に対しての)ありがとうございましたを言い、成長段階で現在は顔の色の抜けがもう少しなのを指摘され、無事に終了。

つーか神奈川展の時もそうだったけど天狗は審査が終わると人の足にマウントしてくるんだよね。なーんか馬鹿にされてる感じ。

続く

言葉に出来ない


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チョー気持ちいい!

いつまでも


いつまでも反逆心を。


今日もいつも通りに犬達と。
今日も金指光春先生宅へお伺いするタイミングが無く、、、アーロハー。

明日はのんびり出来たらいい。

日本犬の眼

出典  「日本の犬と狼」 斎藤弘吉 著
     昭和三十九年八月一日 雪華社 刊



【 日本犬の眼 】


 我が国古来よりの犬の眼の説を申し上げますと、今より約四百三十年ばかりの前にあたる永正三年三月吉日の奥書ある、『斎藤朝倉両家鷹書』という秘伝の犬の相好の事の部に「かくの如くなる犬よし、いろいろ口伝ある也。いぬいかにも目のまえをれて」云々とあります。この目のまえをれてとは、素直というような意味合いではないかと存じます。
 小橋治郎右衛門『犬の書』、これは慶長二十一年八月十三日の奥書のある、すなわち今を去る約三百二十年ばかり前の書でありますが、この書の乾の巻、犬見様の事の部に「目ははし前斗りまもり、まぶち高く、目色はしゅたんにあぶらをおとしたるがごとし」云々、また「犬めきき(中略)見様口伝なり、まなこのつき様いろいろふく中までも見る也」とあります。目ははし前すなわち喙ばかり守り見るということは、いたずらにきょろきょろせぬ、落ち着いた、胆力のある、しかも鋭敏な精神を表わす眼の表情を巧みな言葉でいったものであります。まぶち高くということはむしろ眼球の張り出ぬ、奥まった眼という意味と解釈したらよろしかろうと存じます。目色はしゅたんに油をおとしたるがごとしのしゅたんはなにをいったものでありましょうか、朱丹の意味かとも考えられ、あるいは紫檀の意味かとも考えられます。油を落としたるが如しの一句で大体の虹彩の感じを表したものと思います。また犬目利の部まなこのつき様いろいろとありますが口伝となっていて残念ながら判明致しません。
 『唐流鷹深秘訣抄』の犬吉相の事の部には「眼は一つ」として「いかにも目あひ近きを良とす」とあります。この書の犬吉相の書き振りはいかにも変わったものでありまして、耳の説でも申し上げましたように、「疣か耳か」として「いかにも耳ちひさきをよしとす」といい、やや極端に説いております。この目あいもあまり離れたのは、いかにも愚鈍な相でありまして、御犬名所図やその名所の説明を書いた『御犬書』を見ますと、この目あいの延びている犬を河伯子犬と称し、定家卿鷹三百首中の和歌「谷川の流るる上を風かけて、鳥をたつるやおその子の犬」を引いて、「谷川などにてかくるをば、谷渡りともいへど、かけこすとも云がよきなり、おその子の犬とは鳥をば立れとも犬やりの遅きをぞなり、此の目あひの延びたる犬は下かんなるもの也、それをおその子の犬と云ふ」と説明しています。
 犬やりとは、ここでは犬の突込みのことを意味し、下かんは勘の悪いという意味であります。しかしこの目あひ近きを良しとするも、離れ過ぎぬようの注意と解釈したらよいと存じます。その他『鴨寄犬引伝書』の鴨寄犬の相形の部には簡単に「目は茶色」といっているだけであります。
 我が国の最も権威のある秘伝書の『蒼黄集』『蒼黄秘抄』は眼についてどのように伝えているかと申しますと、いずれも犬を相する上において、最も重大に慎重に取り扱っております。『蒼黄集』『蒼黄抄』は、この眼のところは同文であって、「犬形之事」の部に次の如くにのせてあります。
 「(前略)眼至って見所あり、考る所此の一眼に限れり。口伝あり習を得て明むべし。有増をしるす。白犬に黒眼あり、黄犬にかし目と云て鷹の眼の如く玉のまはりに大なる輪あり、人目より惣眼とも赤し、黄犬に限らず他の毛色にも眼替あり、多く気性強しと云へり。さかしきあり、にぶきあり、せはせはしきあり、静かなるあり、気短あり、温和なるあり、強気あり、至て愚なるあり、是皆いぬを繫ぐ時目を持って考ふ。見立てる時に犬を好くと見損あり。巧をと得見立べし」
 まず、犬を相することのうちで眼は最も肝要である。考究するところはこの1ヵ所であると、その重大に扱うべきことをいっています。次に口伝あり習を得て明むべし、すなわちその微妙なところは書いて伝うべくもないので口授を受け、かつ実際に経験を積んで会得せよ、しかしながらその大略を記すと断って、変り目のことすなわち尋常の目色でない眼について、また眼によって判断する犬の性質、賢、愚、利、鈍、強、弱、静、懆、をいろいろ述べております。最後に是皆いぬを繫ぐ時、眼を以て考ふ。すなわち犬を選択する時は眼の表わす犬の性質を考えて決定するのである。といっております。繫ぐといいますのは、当時公儀御犬牽が、町や村々に放し飼いされている多くの仔犬中から、自分の仕込まんとする犬を一頭選択して、まず馴れさすために自分のところに繫ぎます。それで選ぶことを繫ぐと申したのであります。当時公儀犬牽は、一人に付いて一頭乃至二頭の犬を受け持って専心調教したものであって、この一頭乃至二頭のために代々扶持を頂き、その犬の調教のできばえ、将軍家御前での犬の働きばえによって、一身一家の浮沈に関係するものでありますから、その仔犬の選択も苦心をしたもので、名犬となるべき素質を持っている犬を、探すにずいぶん苦労したものと推測されます。繫ぐ時眼を以て考ふ。眼をもって犬の性質を判断するに精力を傾倒したものと思います。なお最後に、見立る時好くと見損あり、巧を得見立べしと注意がしてあります。最初に見たときに毛色や、形等によって、好きな犬だと思って見る時はその犬の性質の欠陥が判らず見損うことがあるものである。単に観賞のための犬ではなく、調教使役せんとする犬を選ぶときは、好き嫌いに煩わされずにその犬の本質を見抜かなくてはならぬ、それには巧を得、すなわち、不断の研究と多くの経験を経て選択せねばならぬと結んでおります。
 蒼黄秘抄には次の如くに書いてあります。
 「(前略)此の形を考見て何もよき様にみえ候はゞ、眼中を得と見るべし。人に愛されてそだち、食餌にも乏しからず成長したる犬は、眼中すなほに見え、恐けも少く、自然と性のよき所見ゆるものなり、か様の犬を好て用べし。相形は能く見え候ても、常に人に追はれ呵られ、食にも乏しくして成長したる犬は、自然と眼中にこりありて、人を恐れ形気悪し、か様なるは馴けもむづかしく、取り扱ひむづかしきこと多し(下略)」
 「(前略)眼中はたいゆうなる所を好む。(中略)眼中黒目がちにしてぎろぎろしたるは、得てさわがしくしてよろしからず。鳥当りにもさわがしく、年老ても直りがたく、少の事にも恐れて鳥をけ逵ること多し」
 前文のこの形を考え見てというのは、犬体各部の体型毛色その他すべてを考究してみて、良しと考えたなら最後に眼をとくと見られよ。生い立ちの良いものは性質素直であって、仕込みも容易であるが、形は良くても生い立ちの悪いものは性質が素直でなく、仕込みがむずかしい。このような犬は、眼中に自然と凝りがあって、すなわちなんとなく不純なところがあって判るものであるといっております。後文には眼中大勇なる所を好むと書いてあります。大勇なる性を表わす眼、すなわち眼の形、色、動き、表情が悍威、大胆、細心、賢知、順良、落ちつき等を表わす所のものは、最もよしとしております。これは猟仕込みのことのみならず、あらゆることに使役するに理想とすべき眼でありましょう。眼中黒目がちであって、ぎろぎろとしたのは得て騒がしくてよろしくない。鳥の嗅にをつける時でも騒ぎまわり、いささかのことにもびっくりして、鳥の嗅いをかぎちがえること多く、この性質は年老いても直らないものであるといってます。この黒目がちでぎろぎろした犬というのは眼の大きい、張り出たものによくあり、ちょっと強そうに感じるものでありますので、特に注意したものと思われます。
 以上は我が国古来の眼についての説でありますが、動物学の世界を見ますと、故渡瀬博士が「眼は茶色で、ある角度をなして上に向ひ」と講演したと『理学界』にでており、『動物辞典』には「眼は稍斜にして勇猛の相あり」としるされて、いずれも外眥の上がることを申しております。変わり目については『両羽博物図譜』が「眼の白青変駮馬の如きを見ること一にして足らざるなり」と述べております。しかしこれは明治三十年代の洋犬のだいぶ入り混じった時代の見聞記でありますので、我が国古来の犬にかのごとき変り目ありや否やは、今後の研究に属することと存じますが、鹿児島地方においても明治初期に金目、銀目、の説があった由を聞きます。しかし同地方は最も早く外国のものの輸入された土地で、洋犬の入ったのも全国中最も早い部に属する地方ではないかと考えられます。
 本会規定の日本犬標準の眼の部を見ますと、「稍三角形にして、外眥上り、虹彩濃茶褐色を呈す」とあります。これに私自身の考え、解釈の仕方をそえて申しあげますと、まず第一に眼が適当の位置にあって、両眼のあまり離れ過ぎぬこと。もちろんあまりに近接し過ぎましたものは嶮しい、陰険な感じが致しましょうが、近接過ぎると思われる眼は少なく、離れ過ぎると思われる眼は多少見受けられます。それで昔から、目あいの延び過ぎぬことを注意致したものと思われます。第二に眼の形のやや三角形で少々外眥上がることであります。眼の形は犬のその時々の精神によって変化あるものでありますが、その平静な時の眼の本来の形が、下目縁線がやや一直線をなし、少々斜めに上り上眼縁線は内眥すなわち目頭をなす方の線より外眥すなわち眼尻をなす方の線がやや長く、三縁線のなす眼の形は、やや三角形に近いように思われます。眼が丸くて目尻の下ったものは日本犬にはないように存じます。第三に眼の大きさでありますが、特に大きな眼は自然出張り出た、俗にいう出眼に多く、いわゆるぎらぎらとした眼で、臆病、少しのことにも騒しい犬に多くあります。特に小なるものは、多く眼の深まった位置にあります。このような眼つきのものは、勇敢であるとともに強情な性質も多いように存じます。やはり家庭犬としての日本犬は大ならず、また、極端に小ならず、中庸を得た程度の眼が望ましいかと存じます。第四に眼の深浅であります。もちろん張り出た俗にいう出眼は悪しく、やや奥まった位置でなければならぬと存じます。ただここに御注意申し上げますのは、同じ程度の奥まった眼でも、眼の大きさの小さなものは実際以上に奥まった感じが致し、同じ深さでも眼の形中程度のものは目立つほど深く感じないものであります。第五に虹彩の色であります。しかし日本犬そのものの目玉の色は濃茶褐色が基でありましょう。これより深い色をしているものに、やや青みがかった、深海の色とでも申すような眼があります落ちついた大胆な性質のものに多いように存じます。ここに御注意申し上げたいのは、左右の虹彩の色の多少ちがうものがありますことで、私のかつて飼育しておりましたあ、小型の牡は、左眼が濃茶褐色で右眼が今申し上げました深い青ずんだ眼を致しておりましたが、気性はなかなかよい犬でありました。目玉の外輪にやや色の浅い輪の入ったものがありますが、日本犬としては体型のやや感心せぬ犬に多く、かつ気性も、鼻っぱしは強くともどうも最後の落ち着きがない犬に多いように考えられます。第六に眼の動きであります。さきほど申し上げましたように、昔の秘伝書には「はしさきばかり守り見」とありますが、要は、ぎろぎろ、きょろきょろせぬ目使いが大切かと存じます第七が以上を総合しまして眼の表情、その犬の心を表現する眼の表現であります。眼のかがやき、眼の動き、眼のすべてが日本犬の本質である悍威、大胆、素朴、落ち着き、忠順、素直、彗智、鋭敏を表わすものでなくてはならないと存じます。
 なお眼の外傷その他は多少注意すれば判明致しますが、普通と変わりないように見えて、視力のたいへん弱い、俗にいう鳥眼と称されるものが犬にもあります。これはよほどご注意なさらぬと判明せぬことが多いように存じます結局眼によって犬を相するということは、その人その人の深い体験によって会得すべきことで、古人のいったように、巧を得て明むべしの一語に尽きるかと存じます。(昭和九年十一月)

くろべにこだま

金指光春先生の周りに一頭居る「黒紅子」。
もう一頭の「黒紅子」、北海道で見つけた。



今日は金指光春先生の所へ行けるかと思ったけれど微妙にタイムアウトなのでまた改めて(汗)アーロハー。


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今朝撮影した谺。毬古と桃太郎の息子。下顎がガッシリしている所は桃太郎譲り。
誰に似たのか(谺の主な世話は姉)我が強いので手を焼きそう。
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