父に似て来た


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桃太郎号-湘南美雅荘 本日撮影

最初この写真を撮影してパソコンで確認した時に、過日金指光春先生に言われた事をふと思い出した。

『桃太郎の鼻っ先が上向いてきたな〜』

桃太郎が今よりもっと若い頃にも金指光春先生に桃太郎の鼻っ先の事を言われた事が有る。その時はまだ桃太郎の鼻っ先は鼻梁と平行だった。『その内鼻っ先が上に来たらなあ』ってサラッと。

その時は先生の言ってる事がピーンと来なかったけれど(正直、どっちでもいいと思ってた)、実際にそうなって来るとおおおおおおおっ!と思う。『桃太郎のおとっつぁんは鼻っ先が上向いてるぞ?』と言われても、どっちでもいいと思ってた。細かい事じゃないのかなと「自分が勝手に」思ってた。

今回この写真を撮影してパソコンで見直した時にオッ?と気付いた。それで桃太郎の父犬・金太郎号(野武士小屋)の写真を引っ張り出して確認したらやっぱ同じような吻先だった。鼻っ先が上向いてた。


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谺号-湘南美雅荘

桃太郎と毬古の息子。今日撮影した。耳が立ち上がってから大分男の子らしくなってきた。


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古鉄号-湘南美雅荘

谺の同胎。(今の所)台湾に行く予定。


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紅子号-野武士小屋

桃太郎の父犬・金太郎号(野武士小屋)の完全同胎。本日撮影。


昨日、野武士小屋へ金太郎号(野武士小屋)と石助号(野武士小屋)と雅の松古号(天狗の完全同胎雌)を観に行った。
松古は天狗よりも白の部分がハッキリしている。これは産まれた時から変わらないね。


同じ桃太郎の息子で横浜に居る浜太郎号-横浜芦川荘がどうなっているのか気になるところ。所有者曰く『ちゃんと育っている』らしい。まずは自分の目で確認しないと納得出来ない。

誕生から現在まで



雅の鉄源力号-湘南美雅荘が誕生してから本日までの写真をFacebookにアップロードした。その素材から選り抜いてyouTubeにアップロードした。こうしたほうが見やすいね。

守秘義務


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昨年の12月8日に撮影した雅の鉄源力号-湘南美雅荘。

Facebookに鉄源力の写真をアップロード作業中で彼の写真を一枚ずつ全部見直して、アウトテイクでも違う観点から使えそうなのを選んでいる。
なんだか、写真観ながらイラっとすることを思い出した。

守秘義務を守んねえってどうよ。

ハマナんときといい、今回のりょくんときもそう。おまえ許さないからな。


外国の人から犬の運動量についての質問。
みんな違うから一概に言えないね。

同じ日は無い

昨日西谷君と話した時に、自分で西谷君に云いながら気がついたことが沢山有った。
何気にやっている作業が自分的には段取り通りな部分と、無意識に段取りな部分と。
西谷君は僕よりも一回り若い戌年。話をして、聞いているだけで思い返す事が多かった。

桃太郎達の運動は毎日行う。
毎日運動するのだけれど、その時で動き方が違ったり。

「この犬をこの位置から観たら凄く好きってありますよね」

西谷君も妄想族。

毎日同じようでいて同じ日は無い。

今、田代さんとこの胡麻柴をFacebookに写真のアップロード作業をしているのだけれど、加齢する度にどんどん変化して行く。これは纏まったら絶対にYouTubeへアップロードしたい。

伊勢佐木町ブルース

仕事の帰りに西谷君と伊勢佐木町デート。会うのは2年振り。
彼は香川から19で上京して今年で11年。初めて会った時から全く変わっていない。内面が。
たまには和食でも一緒にと思ったけれど魚系のお店が思い当たらず。牛鍋やさんに。


『横浜は牛鍋の発祥地なのよ』


とお店の方の説明。美味しいお肉をいただいた。

様々なエピソードを聞いた。彼は間違いなく不動ヶ滝犬舎的DNAを受け継いでいる。間違いない。

虫嫌い

大分暖かくなってきて、朝の運動時にも訳の判らない小さい虫がたっくさん汗かいた顔に付着する時期になった。すんごく気持ち悪い!
桃太郎はじめ柴犬たちは全然気にせずに運動。観てる人間のがゾッとしちゃう。

防虫対策で蚊取り線香とコードレスノーマットを購入した。それがね、コードレスノーマットの本体は昨年から使っているのが4個有ったので電池入れて動くのか確認してみたら、動かないのとかモーター回りっぱなしのとかで。で、本体と薬剤が1個ついてるセットと、薬剤のみ単体で販売になってるのが値段が殆ど変わらないので本体も新調した。エコじゃないよねほんとに。
あとは外に蜂が出たりするので(つい先日も大変だった!)、それも退治する薬剤を購入。

Facebookで雅の鉄源力号-湘南美雅荘の小さい頃から現在までの写真をアルバムで製作中。産まれた頃からの写真を観てると胡麻毛の変化が激しい。
現在までをピックアップ出来たらYouTubeでも作るか。

ばかじゃない

朝から雨だけれども犬達はいつも通りに運動へ。

雨降りの日に限って会う人達は「おはようございます」の後に「大変ですね」って言う。
決まって「好きなんで仕方ないですね〜」と返す。キチガイに思われてるかも知れないね。

雨の日でも雨具は着ても帽子は被らない。見えない場所が有ったらなーんとなく怖いから。

桃太郎は最近特に機嫌が良い。少し運動コース替えたからかな。同じとこじゃ桃太郎も飽きるよね。

それに比べて何処でもどんな場所でも突っ走るのは桃太郎の息子・天狗。難しい時期を過ぎたので付き合い易い。

桃太郎と天狗の走り姿を観てて発見した事が一つ。
他の犬達は突っ走ってる時は比較的頭部が上下するのに、桃太郎と天狗は頭部の位置が変わらない。ずっと同じ位置。明日も確認してみる。

桃太郎の息子・古鉄と谺に、桃太郎の母犬・ハマナを会わせてみたら、孫には厳しいハマナ。
息子の桃太郎には優しいのにね。

ばかじゃないハマナは体高計を見ただけで超拒否反応。覚えてんだよね。絶対に許さん。

不気味20センチ



『桃太郎は今の日本犬が失くしたものを沢山持ってるんだよ。』

と金指光春先生。

今日は桃太郎の息子・古鉄と谺を連れて金指光春先生宅へ。

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古鉄号-湘南美雅荘 本日撮影

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谺号-湘南美雅荘 本日撮影

古鉄は手の届く所に置いといたほうがいいねと言われたが、古鉄は台湾へ送る予定と先生に話した。

先日先生に渡したDVDを観てくれたようで、姉が引いてる桃太郎のハンドリングを観て「雄を引くハンドラーになってきたな」と評価。「でも引き綱20センチ長いな」。

千葉で本部賞を頂いた時に姉が出陳前から「長春立ちやりたい」と言ってたのでそれを先生に話す。桃太郎の引き綱を持つと判ることが沢山有って、その中にソレをやりたくなるつうのも含まれている。これはホントに桃太郎の引き綱を持つと判ることなので、ここで説明しても実際に引き綱を持たなければ判って貰えないね。

次の作出についても少し話した。それと桃太郎と、桃太郎の息子・天狗の話。桃太郎と天狗の共通点。奥目のしくみ。あとは秘密。金指光春先生が発した桃太郎についてのひと言。


『不気味な犬だ。』


あと今日はごっちゃんを撮影した。

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雅の胡蝶号-湘南美雅荘

父犬は雅の力天号(湘南美雅荘)、母犬は紅子号(野武士小屋)。
今季は本当は発情時期も有るだろうしと前半で出陳しようと思ってたけれど、諸般の理由で後半に出陳しようと決め。
ところが、中盤で毛が抜け、どうしようと思うもどーも納得のいかない毛の状態。ごっちゃんは胡麻毛を観て貰ってなんぼだと思う部分が非常に大きいので、やっぱちゃんとした、自分とごっちゃんが納得した被毛の状態で出陳したかったので。と言う間に展覧会シーズンが終わってしまった。
この写真もまだ完調では無いので納得いかないけれど記録として撮影。本当はもっとベースの赤毛が奇麗で黒毛ももっと黒い。けど記録。

日本犬の眼 

出典  「日本の犬と狼」 斎藤弘吉 著
     昭和三十九年八月一日 雪華社 刊



【 日本犬の眼 】


 我が国古来よりの犬の眼の説を申し上げますと、今より約四百三十年ばかりの前にあたる永正三年三月吉日の奥書ある、『斎藤朝倉両家鷹書』という秘伝の犬の相好の事の部に「かくの如くなる犬よし、いろいろ口伝ある也。いぬいかにも目のまえをれて」云々とあります。この目のまえをれてとは、素直というような意味合いではないかと存じます。
 小橋治郎右衛門『犬の書』、これは慶長二十一年八月十三日の奥書のある、すなわち今を去る約三百二十年ばかり前の書でありますが、この書の乾の巻、犬見様の事の部に「目ははし前斗りまもり、まぶち高く、目色はしゅたんにあぶらをおとしたるがごとし」云々、また「犬めきき(中略)見様口伝なり、まなこのつき様いろいろふく中までも見る也」とあります。目ははし前すなわち喙ばかり守り見るということは、いたずらにきょろきょろせぬ、落ち着いた、胆力のある、しかも鋭敏な精神を表わす眼の表情を巧みな言葉でいったものであります。まぶち高くということはむしろ眼球の張り出ぬ、奥まった眼という意味と解釈したらよろしかろうと存じます。目色はしゅたんに油をおとしたるがごとしのしゅたんはなにをいったものでありましょうか、朱丹の意味かとも考えられ、あるいは紫檀の意味かとも考えられます。油を落としたるが如しの一句で大体の虹彩の感じを表したものと思います。また犬目利の部まなこのつき様いろいろとありますが口伝となっていて残念ながら判明致しません。
 『唐流鷹深秘訣抄』の犬吉相の事の部には「眼は一つ」として「いかにも目あひ近きを良とす」とあります。この書の犬吉相の書き振りはいかにも変わったものでありまして、耳の説でも申し上げましたように、「疣か耳か」として「いかにも耳ちひさきをよしとす」といい、やや極端に説いております。この目あいもあまり離れたのは、いかにも愚鈍な相でありまして、御犬名所図やその名所の説明を書いた『御犬書』を見ますと、この目あいの延びている犬を河伯子犬と称し、定家卿鷹三百首中の和歌「谷川の流るる上を風かけて、鳥をたつるやおその子の犬」を引いて、「谷川などにてかくるをば、谷渡りともいへど、かけこすとも云がよきなり、おその子の犬とは鳥をば立れとも犬やりの遅きをぞなり、此の目あひの延びたる犬は下かんなるもの也、それをおその子の犬と云ふ」と説明しています。
 犬やりとは、ここでは犬の突込みのことを意味し、下かんは勘の悪いという意味であります。しかしこの目あひ近きを良しとするも、離れ過ぎぬようの注意と解釈したらよいと存じます。その他『鴨寄犬引伝書』の鴨寄犬の相形の部には簡単に「目は茶色」といっているだけであります。
 我が国の最も権威のある秘伝書の『蒼黄集』『蒼黄秘抄』は眼についてどのように伝えているかと申しますと、いずれも犬を相する上において、最も重大に慎重に取り扱っております。『蒼黄集』『蒼黄抄』は、この眼のところは同文であって、「犬形之事」の部に次の如くにのせてあります。
 「(前略)眼至って見所あり、考る所此の一眼に限れり。口伝あり習を得て明むべし。有増をしるす。白犬に黒眼あり、黄犬にかし目と云て鷹の眼の如く玉のまはりに大なる輪あり、人目より惣眼とも赤し、黄犬に限らず他の毛色にも眼替あり、多く気性強しと云へり。さかしきあり、にぶきあり、せはせはしきあり、静かなるあり、気短あり、温和なるあり、強気あり、至て愚なるあり、是皆いぬを繫ぐ時目を持って考ふ。見立てる時に犬を好くと見損あり。巧をと得見立べし」
 まず、犬を相することのうちで眼は最も肝要である。考究するところはこの1ヵ所であると、その重大に扱うべきことをいっています。次に口伝あり習を得て明むべし、すなわちその微妙なところは書いて伝うべくもないので口授を受け、かつ実際に経験を積んで会得せよ、しかしながらその大略を記すと断って、変り目のことすなわち尋常の目色でない眼について、また眼によって判断する犬の性質、賢、愚、利、鈍、強、弱、静、懆、をいろいろ述べております。最後に是皆いぬを繫ぐ時、眼を以て考ふ。すなわち犬を選択する時は眼の表わす犬の性質を考えて決定するのである。といっております。繫ぐといいますのは、当時公儀御犬牽が、町や村々に放し飼いされている多くの仔犬中から、自分の仕込まんとする犬を一頭選択して、まず馴れさすために自分のところに繫ぎます。それで選ぶことを繫ぐと申したのであります。当時公儀犬牽は、一人に付いて一頭乃至二頭の犬を受け持って専心調教したものであって、この一頭乃至二頭のために代々扶持を頂き、その犬の調教のできばえ、将軍家御前での犬の働きばえによって、一身一家の浮沈に関係するものでありますから、その仔犬の選択も苦心をしたもので、名犬となるべき素質を持っている犬を、探すにずいぶん苦労したものと推測されます。繫ぐ時眼を以て考ふ。眼をもって犬の性質を判断するに精力を傾倒したものと思います。なお最後に、見立る時好くと見損あり、巧を得見立べしと注意がしてあります。最初に見たときに毛色や、形等によって、好きな犬だと思って見る時はその犬の性質の欠陥が判らず見損うことがあるものである。単に観賞のための犬ではなく、調教使役せんとする犬を選ぶときは、好き嫌いに煩わされずにその犬の本質を見抜かなくてはならぬ、それには巧を得、すなわち、不断の研究と多くの経験を経て選択せねばならぬと結んでおります。
 蒼黄秘抄には次の如くに書いてあります。
 「(前略)此の形を考見て何もよき様にみえ候はゞ、眼中を得と見るべし。人に愛されてそだち、食餌にも乏しからず成長したる犬は、眼中すなほに見え、恐けも少く、自然と性のよき所見ゆるものなり、か様の犬を好て用べし。相形は能く見え候ても、常に人に追はれ呵られ、食にも乏しくして成長したる犬は、自然と眼中にこりありて、人を恐れ形気悪し、か様なるは馴けもむづかしく、取り扱ひむづかしきこと多し(下略)」
 「(前略)眼中はたいゆうなる所を好む。(中略)眼中黒目がちにしてぎろぎろしたるは、得てさわがしくしてよろしからず。鳥当りにもさわがしく、年老ても直りがたく、少の事にも恐れて鳥をけ逵ること多し」
 前文のこの形を考え見てというのは、犬体各部の体型毛色その他すべてを考究してみて、良しと考えたなら最後に眼をとくと見られよ。生い立ちの良いものは性質素直であって、仕込みも容易であるが、形は良くても生い立ちの悪いものは性質が素直でなく、仕込みがむずかしい。このような犬は、眼中に自然と凝りがあって、すなわちなんとなく不純なところがあって判るものであるといっております。後文には眼中大勇なる所を好むと書いてあります。大勇なる性を表わす眼、すなわち眼の形、色、動き、表情が悍威、大胆、細心、賢知、順良、落ちつき等を表わす所のものは、最もよしとしております。これは猟仕込みのことのみならず、あらゆることに使役するに理想とすべき眼でありましょう。眼中黒目がちであって、ぎろぎろとしたのは得て騒がしくてよろしくない。鳥の嗅にをつける時でも騒ぎまわり、いささかのことにもびっくりして、鳥の嗅いをかぎちがえること多く、この性質は年老いても直らないものであるといってます。この黒目がちでぎろぎろした犬というのは眼の大きい、張り出たものによくあり、ちょっと強そうに感じるものでありますので、特に注意したものと思われます。
 以上は我が国古来の眼についての説でありますが、動物学の世界を見ますと、故渡瀬博士が「眼は茶色で、ある角度をなして上に向ひ」と講演したと『理学界』にでており、『動物辞典』には「眼は稍斜にして勇猛の相あり」としるされて、いずれも外眥の上がることを申しております。変わり目については『両羽博物図譜』が「眼の白青変駮馬の如きを見ること一にして足らざるなり」と述べております。しかしこれは明治三十年代の洋犬のだいぶ入り混じった時代の見聞記でありますので、我が国古来の犬にかのごとき変り目ありや否やは、今後の研究に属することと存じますが、鹿児島地方においても明治初期に金目、銀目、の説があった由を聞きます。しかし同地方は最も早く外国のものの輸入された土地で、洋犬の入ったのも全国中最も早い部に属する地方ではないかと考えられます。
 本会規定の日本犬標準の眼の部を見ますと、「稍三角形にして、外眥上り、虹彩濃茶褐色を呈す」とあります。これに私自身の考え、解釈の仕方をそえて申しあげますと、まず第一に眼が適当の位置にあって、両眼のあまり離れ過ぎぬこと。もちろんあまりに近接し過ぎましたものは嶮しい、陰険な感じが致しましょうが、近接過ぎると思われる眼は少なく、離れ過ぎると思われる眼は多少見受けられます。それで昔から、目あいの延び過ぎぬことを注意致したものと思われます。第二に眼の形のやや三角形で少々外眥上がることであります。眼の形は犬のその時々の精神によって変化あるものでありますが、その平静な時の眼の本来の形が、下目縁線がやや一直線をなし、少々斜めに上り上眼縁線は内眥すなわち目頭をなす方の線より外眥すなわち眼尻をなす方の線がやや長く、三縁線のなす眼の形は、やや三角形に近いように思われます。眼が丸くて目尻の下ったものは日本犬にはないように存じます。第三に眼の大きさでありますが、特に大きな眼は自然出張り出た、俗にいう出眼に多く、いわゆるぎらぎらとした眼で、臆病、少しのことにも騒しい犬に多くあります。特に小なるものは、多く眼の深まった位置にあります。このような眼つきのものは、勇敢であるとともに強情な性質も多いように存じます。やはり家庭犬としての日本犬は大ならず、また、極端に小ならず、中庸を得た程度の眼が望ましいかと存じます。第四に眼の深浅であります。もちろん張り出た俗にいう出眼は悪しく、やや奥まった位置でなければならぬと存じます。ただここに御注意申し上げますのは、同じ程度の奥まった眼でも、眼の大きさの小さなものは実際以上に奥まった感じが致し、同じ深さでも眼の形中程度のものは目立つほど深く感じないものであります。第五に虹彩の色であります。しかし日本犬そのものの目玉の色は濃茶褐色が基でありましょう。これより深い色をしているものに、やや青みがかった、深海の色とでも申すような眼があります落ちついた大胆な性質のものに多いように存じます。ここに御注意申し上げたいのは、左右の虹彩の色の多少ちがうものがありますことで、私のかつて飼育しておりましたあ、小型の牡は、左眼が濃茶褐色で右眼が今申し上げました深い青ずんだ眼を致しておりましたが、気性はなかなかよい犬でありました。目玉の外輪にやや色の浅い輪の入ったものがありますが、日本犬としては体型のやや感心せぬ犬に多く、かつ気性も、鼻っぱしは強くともどうも最後の落ち着きがない犬に多いように考えられます。第六に眼の動きであります。さきほど申し上げましたように、昔の秘伝書には「はしさきばかり守り見」とありますが、要は、ぎろぎろ、きょろきょろせぬ目使いが大切かと存じます第七が以上を総合しまして眼の表情、その犬の心を表現する眼の表現であります。眼のかがやき、眼の動き、眼のすべてが日本犬の本質である悍威、大胆、素朴、落ち着き、忠順、素直、彗智、鋭敏を表わすものでなくてはならないと存じます。
 なお眼の外傷その他は多少注意すれば判明致しますが、普通と変わりないように見えて、視力のたいへん弱い、俗にいう鳥眼と称されるものが犬にもあります。これはよほどご注意なさらぬと判明せぬことが多いように存じます結局眼によって犬を相するということは、その人その人の深い体験によって会得すべきことで、古人のいったように、巧を得て明むべしの一語に尽きるかと存じます。(昭和九年十一月)

授業

昨日金指光春先生のお宅へ。の続き。

桃太郎の写真を観ながら

桃太郎.jpg
桃太郎号-湘南美雅荘

『桃太郎は鉄源にも似てるな』と言う。

鉄源.jpg
鉄源号-備中栄冠荘

桃太郎の母系は不動ヶ滝犬舎の2大血脈と言っても過言では無い「鉄源号-備中栄冠荘」と「鈴寅号-備前寿荘」の血脈が流れている。桃太郎の父系には同じ不動ヶ滝犬舎の2大血脈でも「鉄源号-備中栄冠荘」の血脈のみが流れている。

『前胸の出来上がりがまだだな』。

野武士小屋にもそこんとこを指摘されたことを先生に話したらニヤリとしたのを見逃さなかったよ。

『桃太郎の仔で強烈なのは今の所うちの熊と蘭だろう』

と先生。まぁ、そんなにバカバカと交配していないから絶対数的にはまだ少ないのは否めないとこだけど。

先生のお宅へ上がり込む前に犬舎に寄り、熊と蘭とその母犬を観ておいたので僕の感想を先生に話した。

確かに、眼つき顔つきは天狗も負けている。眼つき顔つきは一番ですねと僕。けど、けどね。

毛質は(現段階では)天狗が勝ってる!と心の中で叫んだ。

天狗の毛.jpg
天狗号-湘南美雅荘

剛毛の本数が多いのと、1本1本が超太くて硬い(黒毛だから当たり前だよと言われそうだけど)。


下顎の話になった。

『下顎はどの部分だ?』

と聞かれ、自分の顔で示す。正解。

『下顎が厚いってどんな風だ?』

と聞かれ、答える。正解。

逆に先生に質問してみた。

自分が仔犬を選ぶ時には産まれた直後に確認することに拘っている。

『仔犬の後頭部のここんとこの骨がポコっと出ている犬を残すようにしているのですが、そう言う感じの犬のが、完成後に窮屈にならずに頭部の奥行きが出る気がするんですけど』

と。

『おっ、うるさいことを言うねぇ』と言われ。それについての先生の意見は貰えず。がしかし、もしかしてそれが答えなのかも。金指光春先生と犬の話をしているとあっと言う間に時間が過ぎる。まだまだ教えて貰いたい事が沢山有る。先生との会話は謎解きも含んでいるので超面白い。ちゃんと自分が先生に着いていけてるのか心配なとこでは有るけど。

谺.jpg

今日撮影した谺(こだま)。桃太郎と毬古の仔。命名は金指光春先生。
耳が立つ前の顔は少し優しい感じに見えてたんだけれど、耳が立ったら男の子っぽくなって来た。目つきもちょっと強めになって来た。このままお父さんの部分が強めに現れて来たらコンニャロメの顔になれるけれど、もしお母さんの部分が強めに現れて来たらイイコイイコの顔つきになる。
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