毛染め

髪の毛伸びるのが早いので頻繁に毛染めをする。色々な色を試して来たけど最近はやや黒の感じに落ち着いている。

Facebook観てると多いね。染めてるの。

とある外国の人が写真をタグ付けしてきた事が有って、どーだと言わんばかりのあり得ない発色。
陽の下で撮影した写真が見たいとリクエストしたら、中途半端な感じの写真をタグ付けしてきた。気になる部分が見えない奴を。後にFacebookの友達を切られ。

普通みたいよ。染めるのは。




胡麻毛の事を書こうと

ひいらぎばあさん


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柊姫号-不動ヶ滝犬舎。昨日撮影。老いてもなお、語り掛けて来る。

『んまいものが食べたい』

喋るひいらぎばあさんのそばで聞こえる声。

『うぉーい”!はい、観て下さい!ぐおりゃ〜!』

姉の声。

古鉄と谺を順番に連れて来る。そして、歯を見せる練習をする。ちなみに僕は補助審の真似をする。

はいじゃ〜まず噛み合わせ〜

『うぉ〜ら”!はい!』

はい噛み合わせOK。では次に口の中を確認します〜

『ぐぉ〜ら”!はい!』

はい上OK下OK。では次に睾丸の確認です〜

『どりゃ〜!はい!』

OKでーす

............これを朝晩繰り返す。

桃太郎とその仔犬達は下顎の骨がしっかりしているから特に歯の抜け替わり時期の噛み合せには注意している。前歯の噛み合わせなんつったらもう良く切れるハサミ。寸分の隙間も無い。ギッチギチ。

桃太郎の息子の天狗も前歯の抜け替わり時期に布きれで遊ぶのを覚えてたので大変だった。夜中じゅう引きちぎって遊ぶので前歯の噛み合わせがヤバかった。速攻で布切れを取り上げて、毎日必ず大丈夫かの確認をしてた。

桃太郎も仔犬の頃に「アンダーショット説」が流れたくらいに下顎の骨がしっかりしてるので特に気をつけていた。下顎の骨がしっかりしているのと、ソコの骨の造りが凄いんだよね桃太郎は。


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谺号-湘南美雅荘

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古鉄号-湘南美雅荘

古鉄は近々、台湾へ行く予定。
前歯の抜け替わりは日本で全部終わりそう。却ってその方が安心。そこまでは湘南美雅荘で責任を持ちたい。

台湾で古鉄を待っているのは、まだ経験の浅い若手の柴犬気違い。
ムカつくのは、虐めてもくじけないところ。
現在は日本語学校で勉強しているようで、わざと変な日本語を教えてみてもすぐに見破られる。
日本にも若手の柴犬気違いが居ないかとずっと探してるけれど、普通の気違いは居るけれど尋常じゃない気違いは残念ながら居ない。

胡麻毛のことを書こうかと思ったけど

ごっちゃん



雅の胡蝶号-湘南美雅荘
父犬 雅の力天号(湘南美雅荘)
母犬 紅子号(野武士小屋)

ごっちゃん生後1年から生後1年11ヶ月までをYouTubeにした。

表毛1本


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天狗号-湘南美雅荘、桃太郎の息子。今日撮影。関東連合展覧会前日に顔と尾以外の綿毛を全部抜いたままの状態がそのまま。

黒毛の表毛。

赤毛は根元に近い所は白く抜けて、毛先は赤。赤毛1本が根元から毛先まで赤いのは余り見た事が無い。

黒毛も根元に近い所は白く抜けて、毛先は黒。黒毛1本が根元から毛先まで黒いのは良く見る。

もっと沢山の黒柴の実数を見たい。

根元が白い黒毛は正直、まだ2頭しか見た事が無かった。
1頭は黒柴専門の犬で、もう一頭は金指光春先生の犬。金指光春先生の犬は当時、毛も抜いて保存してある。

天狗の表毛は小さい頃は根元まで黒だった。
綿毛が白いのとはまた別の話なんじゃないかと思う。
先日何気に天狗の表毛を抜いてみた。根元が白くなってた。ビックリした。何で?
今日も良い気になって天狗の表毛を抜いて何カ所も再確認。根元は白くなってる。何で?




それと今日は天狗の体高を計った。展覧会に出陳する前に38センチは有るのを確認して出陳してたけど毛が抜けたら小さくなった気がして。
姉が引き綱を持ち、僕が体高計を天狗の肩甲骨上端やや後方に入れた。何回も何回も、何回も何回も入れて確認。39センチ有った!
39.5センチと云いたい所だけど『うちの犬には厳しく』と姉が言い出し、39センチに落ち着いた。桃太郎もはつ恋もサイズが出るの遅かったのでまだ大きくなるね。
現在生後10ヶ月弱。

親指でグッと押した感じ

桃太郎号-湘南美雅荘
昨日の写真から戻って1週間前、平成23年10月23日・秋季静岡支部展覧会会場にて撮影されたもの。

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指でグッと押したような眼。

次の写真は桃太郎の息子・谺号-湘南美雅荘
姉が撮影したものなのでちょっとセンスがハッキリ言ってアレだけども。月齢時期は上記の桃太郎とさほど変わらない。

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指でグッと押したような眼。

昔の人は云いました

桃太郎号-湘南美雅荘生後4ヶ月弱の時に撮影したもの。

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『眼は針か。』


これより月齢が早い頃の写真もまた、実に面白い。



今日も雨が降らない内に犬達の運動に出掛ける事が出来た。
何気に日焼け度数が上がってしまった気がする。
桃太郎と付き合うまでは色白だった僕が今では顔と手の甲だけバッチリ日焼け。他の部分は衣装でカバーしてるので降り積もったばかりの雪みたく(想像してね)。

最近、眠る前に水分を控えるようにしたので朝のむくみがやや減った。
それでふと気がついたことが有る。

桃太郎や仔犬達の小さい頃の顔が、水分摂り過ぎた翌日の感じに似てる。

埼玉で産まれた桃太郎の息子と娘

昨日浦和第一荘にて産まれた桃太郎の仔犬達。赤オス2頭と赤メス1頭。市橋さんから写真を送って頂いたので少しだけお披露目。

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まずは赤オスその1

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オス2(正面).jpg
次に赤オスその2

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ラスト赤メス1

眼が開いて歩き出す頃に観に行きたいな〜。

あいくるしい


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桃太郎号-湘南美雅荘


今日は僕が仕事に出掛けている間に金指光春先生からお電話をいただいた模様。
次の作出段階について姉は先生に相談を。ハマナやごっちゃん、他の基礎雌達にどの犬を交配していくのか。事前に姉と会議してあったので、思っていることを先生に話した模様。

桃太郎を観て欲しいなと思っていた方々には、1名を除き実物の桃太郎を観て貰っている。
もし松本克郎先生や斎藤弘吉先生、渡辺肇先生が生きておられたら、桃太郎を観て欲しかったな。
桃太郎を観て何て言われるのだろう。興奮してくれるのか、それとも落胆させてしまうのか。

浦和第一荘の市橋和雄さん所有の赤雌に桃太郎を交配させて貰って丁度2ヶ月。
無事に出産された。あーーーーどんな仔が産まれたのか観に行きたい!

道標






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この写真は昨日撮影した桃太郎の眼のアップ。これを観て、今年の1月に金指光春先生と一緒に野武士小屋へ出掛けた時の事を思い出した。

野武士小屋の犬達を観ながら金指光春先生に奥目と眼の表現、本来有るべき(見え方も含む)目型を教えて貰った。

『一度しか言わないからな』

そう言って金指光春先生は目型を地面に描き始めた。

『こことここの長さが同じになるこの形だぞ』

必ず後世に伝えていく。これも僕がやらなければいけないことのうちの一つ。

この写真でもう一つ。

眼の周りが大分白く抜けて来た。ここが加齢により、今よりもっと白く抜けて来るとどうなるか。
桃太郎の奥目が更に引き立つ、凄い眼になる。
でもまだ桃太郎は19歳(人間換算)。もっと時間を掛けてじっくりと時間を重ねて欲しい。ゆっくり、永く、僕を感動させて欲しい。

桃太郎が完成したら

日本犬の眼


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桃太郎号(湘南美雅荘)の眼 平成25年5月撮影



出典  「日本の犬と狼」 斎藤弘吉 著
     昭和三十九年八月一日 雪華社 刊



【 日本犬の眼 】


 我が国古来よりの犬の眼の説を申し上げますと、今より約四百三十年ばかりの前にあたる永正三年三月吉日の奥書ある、『斎藤朝倉両家鷹書』という秘伝の犬の相好の事の部に「かくの如くなる犬よし、いろいろ口伝ある也。いぬいかにも目のまえをれて」云々とあります。この目のまえをれてとは、素直というような意味合いではないかと存じます。
 小橋治郎右衛門『犬の書』、これは慶長二十一年八月十三日の奥書のある、すなわち今を去る約三百二十年ばかり前の書でありますが、この書の乾の巻、犬見様の事の部に「目ははし前斗りまもり、まぶち高く、目色はしゅたんにあぶらをおとしたるがごとし」云々、また「犬めきき(中略)見様口伝なり、まなこのつき様いろいろふく中までも見る也」とあります。目ははし前すなわち喙ばかり守り見るということは、いたずらにきょろきょろせぬ、落ち着いた、胆力のある、しかも鋭敏な精神を表わす眼の表情を巧みな言葉でいったものであります。まぶち高くということはむしろ眼球の張り出ぬ、奥まった眼という意味と解釈したらよろしかろうと存じます。目色はしゅたんに油をおとしたるがごとしのしゅたんはなにをいったものでありましょうか、朱丹の意味かとも考えられ、あるいは紫檀の意味かとも考えられます。油を落としたるが如しの一句で大体の虹彩の感じを表したものと思います。また犬目利の部まなこのつき様いろいろとありますが口伝となっていて残念ながら判明致しません。
 『唐流鷹深秘訣抄』の犬吉相の事の部には「眼は一つ」として「いかにも目あひ近きを良とす」とあります。この書の犬吉相の書き振りはいかにも変わったものでありまして、耳の説でも申し上げましたように、「疣か耳か」として「いかにも耳ちひさきをよしとす」といい、やや極端に説いております。この目あいもあまり離れたのは、いかにも愚鈍な相でありまして、御犬名所図やその名所の説明を書いた『御犬書』を見ますと、この目あいの延びている犬を河伯子犬と称し、定家卿鷹三百首中の和歌「谷川の流るる上を風かけて、鳥をたつるやおその子の犬」を引いて、「谷川などにてかくるをば、谷渡りともいへど、かけこすとも云がよきなり、おその子の犬とは鳥をば立れとも犬やりの遅きをぞなり、此の目あひの延びたる犬は下かんなるもの也、それをおその子の犬と云ふ」と説明しています。
 犬やりとは、ここでは犬の突込みのことを意味し、下かんは勘の悪いという意味であります。しかしこの目あひ近きを良しとするも、離れ過ぎぬようの注意と解釈したらよいと存じます。その他『鴨寄犬引伝書』の鴨寄犬の相形の部には簡単に「目は茶色」といっているだけであります。
 我が国の最も権威のある秘伝書の『蒼黄集』『蒼黄秘抄』は眼についてどのように伝えているかと申しますと、いずれも犬を相する上において、最も重大に慎重に取り扱っております。『蒼黄集』『蒼黄抄』は、この眼のところは同文であって、「犬形之事」の部に次の如くにのせてあります。
 「(前略)眼至って見所あり、考る所此の一眼に限れり。口伝あり習を得て明むべし。有増をしるす。白犬に黒眼あり、黄犬にかし目と云て鷹の眼の如く玉のまはりに大なる輪あり、人目より惣眼とも赤し、黄犬に限らず他の毛色にも眼替あり、多く気性強しと云へり。さかしきあり、にぶきあり、せはせはしきあり、静かなるあり、気短あり、温和なるあり、強気あり、至て愚なるあり、是皆いぬを繫ぐ時目を持って考ふ。見立てる時に犬を好くと見損あり。巧をと得見立べし」
 まず、犬を相することのうちで眼は最も肝要である。考究するところはこの1ヵ所であると、その重大に扱うべきことをいっています。次に口伝あり習を得て明むべし、すなわちその微妙なところは書いて伝うべくもないので口授を受け、かつ実際に経験を積んで会得せよ、しかしながらその大略を記すと断って、変り目のことすなわち尋常の目色でない眼について、また眼によって判断する犬の性質、賢、愚、利、鈍、強、弱、静、懆、をいろいろ述べております。最後に是皆いぬを繫ぐ時、眼を以て考ふ。すなわち犬を選択する時は眼の表わす犬の性質を考えて決定するのである。といっております。繫ぐといいますのは、当時公儀御犬牽が、町や村々に放し飼いされている多くの仔犬中から、自分の仕込まんとする犬を一頭選択して、まず馴れさすために自分のところに繫ぎます。それで選ぶことを繫ぐと申したのであります。当時公儀犬牽は、一人に付いて一頭乃至二頭の犬を受け持って専心調教したものであって、この一頭乃至二頭のために代々扶持を頂き、その犬の調教のできばえ、将軍家御前での犬の働きばえによって、一身一家の浮沈に関係するものでありますから、その仔犬の選択も苦心をしたもので、名犬となるべき素質を持っている犬を、探すにずいぶん苦労したものと推測されます。繫ぐ時眼を以て考ふ。眼をもって犬の性質を判断するに精力を傾倒したものと思います。なお最後に、見立る時好くと見損あり、巧を得見立べしと注意がしてあります。最初に見たときに毛色や、形等によって、好きな犬だと思って見る時はその犬の性質の欠陥が判らず見損うことがあるものである。単に観賞のための犬ではなく、調教使役せんとする犬を選ぶときは、好き嫌いに煩わされずにその犬の本質を見抜かなくてはならぬ、それには巧を得、すなわち、不断の研究と多くの経験を経て選択せねばならぬと結んでおります。
 蒼黄秘抄には次の如くに書いてあります。
 「(前略)此の形を考見て何もよき様にみえ候はゞ、眼中を得と見るべし。人に愛されてそだち、食餌にも乏しからず成長したる犬は、眼中すなほに見え、恐けも少く、自然と性のよき所見ゆるものなり、か様の犬を好て用べし。相形は能く見え候ても、常に人に追はれ呵られ、食にも乏しくして成長したる犬は、自然と眼中にこりありて、人を恐れ形気悪し、か様なるは馴けもむづかしく、取り扱ひむづかしきこと多し(下略)」
 「(前略)眼中はたいゆうなる所を好む。(中略)眼中黒目がちにしてぎろぎろしたるは、得てさわがしくしてよろしからず。鳥当りにもさわがしく、年老ても直りがたく、少の事にも恐れて鳥をけ逵ること多し」
 前文のこの形を考え見てというのは、犬体各部の体型毛色その他すべてを考究してみて、良しと考えたなら最後に眼をとくと見られよ。生い立ちの良いものは性質素直であって、仕込みも容易であるが、形は良くても生い立ちの悪いものは性質が素直でなく、仕込みがむずかしい。このような犬は、眼中に自然と凝りがあって、すなわちなんとなく不純なところがあって判るものであるといっております。後文には眼中大勇なる所を好むと書いてあります。大勇なる性を表わす眼、すなわち眼の形、色、動き、表情が悍威、大胆、細心、賢知、順良、落ちつき等を表わす所のものは、最もよしとしております。これは猟仕込みのことのみならず、あらゆることに使役するに理想とすべき眼でありましょう。眼中黒目がちであって、ぎろぎろとしたのは得て騒がしくてよろしくない。鳥の嗅にをつける時でも騒ぎまわり、いささかのことにもびっくりして、鳥の嗅いをかぎちがえること多く、この性質は年老いても直らないものであるといってます。この黒目がちでぎろぎろした犬というのは眼の大きい、張り出たものによくあり、ちょっと強そうに感じるものでありますので、特に注意したものと思われます。
 以上は我が国古来の眼についての説でありますが、動物学の世界を見ますと、故渡瀬博士が「眼は茶色で、ある角度をなして上に向ひ」と講演したと『理学界』にでており、『動物辞典』には「眼は稍斜にして勇猛の相あり」としるされて、いずれも外眥の上がることを申しております。変わり目については『両羽博物図譜』が「眼の白青変駮馬の如きを見ること一にして足らざるなり」と述べております。しかしこれは明治三十年代の洋犬のだいぶ入り混じった時代の見聞記でありますので、我が国古来の犬にかのごとき変り目ありや否やは、今後の研究に属することと存じますが、鹿児島地方においても明治初期に金目、銀目、の説があった由を聞きます。しかし同地方は最も早く外国のものの輸入された土地で、洋犬の入ったのも全国中最も早い部に属する地方ではないかと考えられます。
 本会規定の日本犬標準の眼の部を見ますと、「稍三角形にして、外眥上り、虹彩濃茶褐色を呈す」とあります。これに私自身の考え、解釈の仕方をそえて申しあげますと、まず第一に眼が適当の位置にあって、両眼のあまり離れ過ぎぬこと。もちろんあまりに近接し過ぎましたものは嶮しい、陰険な感じが致しましょうが、近接過ぎると思われる眼は少なく、離れ過ぎると思われる眼は多少見受けられます。それで昔から、目あいの延び過ぎぬことを注意致したものと思われます。第二に眼の形のやや三角形で少々外眥上がることであります。眼の形は犬のその時々の精神によって変化あるものでありますが、その平静な時の眼の本来の形が、下目縁線がやや一直線をなし、少々斜めに上り上眼縁線は内眥すなわち目頭をなす方の線より外眥すなわち眼尻をなす方の線がやや長く、三縁線のなす眼の形は、やや三角形に近いように思われます。眼が丸くて目尻の下ったものは日本犬にはないように存じます。第三に眼の大きさでありますが、特に大きな眼は自然出張り出た、俗にいう出眼に多く、いわゆるぎらぎらとした眼で、臆病、少しのことにも騒しい犬に多くあります。特に小なるものは、多く眼の深まった位置にあります。このような眼つきのものは、勇敢であるとともに強情な性質も多いように存じます。やはり家庭犬としての日本犬は大ならず、また、極端に小ならず、中庸を得た程度の眼が望ましいかと存じます。第四に眼の深浅であります。もちろん張り出た俗にいう出眼は悪しく、やや奥まった位置でなければならぬと存じます。ただここに御注意申し上げますのは、同じ程度の奥まった眼でも、眼の大きさの小さなものは実際以上に奥まった感じが致し、同じ深さでも眼の形中程度のものは目立つほど深く感じないものであります。第五に虹彩の色であります。しかし日本犬そのものの目玉の色は濃茶褐色が基でありましょう。これより深い色をしているものに、やや青みがかった、深海の色とでも申すような眼があります落ちついた大胆な性質のものに多いように存じます。ここに御注意申し上げたいのは、左右の虹彩の色の多少ちがうものがありますことで、私のかつて飼育しておりましたあ、小型の牡は、左眼が濃茶褐色で右眼が今申し上げました深い青ずんだ眼を致しておりましたが、気性はなかなかよい犬でありました。目玉の外輪にやや色の浅い輪の入ったものがありますが、日本犬としては体型のやや感心せぬ犬に多く、かつ気性も、鼻っぱしは強くともどうも最後の落ち着きがない犬に多いように考えられます。第六に眼の動きであります。さきほど申し上げましたように、昔の秘伝書には「はしさきばかり守り見」とありますが、要は、ぎろぎろ、きょろきょろせぬ目使いが大切かと存じます第七が以上を総合しまして眼の表情、その犬の心を表現する眼の表現であります。眼のかがやき、眼の動き、眼のすべてが日本犬の本質である悍威、大胆、素朴、落ち着き、忠順、素直、彗智、鋭敏を表わすものでなくてはならないと存じます。
 なお眼の外傷その他は多少注意すれば判明致しますが、普通と変わりないように見えて、視力のたいへん弱い、俗にいう鳥眼と称されるものが犬にもあります。これはよほどご注意なさらぬと判明せぬことが多いように存じます結局眼によって犬を相するということは、その人その人の深い体験によって会得すべきことで、古人のいったように、巧を得て明むべしの一語に尽きるかと存じます。(昭和九年十一月)
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