ノープロブレム

元旦からいつもと変わりない犬達との関わり。
今年はどいつと初日の出を観るタイミングに運動かと思いきや。

なんとごっちゃんだった。


大晦日に笑ってはいけないを見続け、喉の調子が今イチなのと熱が有るので翌日は寝坊しそうな状況だったのに(気の緩みもね)、まだ真っ暗で外気温も超低い中、普段通りに起床してかぐや姫とカチを外に出して桃太郎たちを順番に運動に。それでごっちゃんの番になってごっちゃんが凄いものを見せてくれた件の小学校横で初日の出。

そろそろ陽が昇るなあとごっちゃんの引き綱をクイっとやってみた。普段から首吊りをしないようにしているので自分の足(細かく言うと指)でしっかり立っているのを見届けたとこでごっちゃんに朝日が当たり始め。まだ毛の状態は3割位だけれどもすんごくいい感じ。
昨年は出産のため一度も展覧会に出陳出来なかったので、今年はごっちゃんも春から出陳したい。

そのごっちゃんの息子。父犬は桃太郎。

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カチ号-湘南美雅荘 平成26年1月2日撮影 生後4ヶ月

姉が撮影した写真なのでアレだけど、桃太郎の小さい頃に良く似ている。見た目もそうだけれど気質が特に。

年末年始にかけてオトナの犬達の写真は何枚か撮影したのだけれど、その中でどうしても撮影する自信が無いのは桃太郎。昨年の11月17日、全国展覧会の翌日に撮影した写真が今まで写真撮影した中でベスト1だと勝手に思っているので、それ以上の写真を撮影する自信が無い。

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金指光春先生からいただいた年賀状に書かれた言葉。
元旦、先生にこの言葉の意味を聞いた。

桃太郎に言うことはない。
だからバンザイだ。

その言葉はすごく嬉しいですと伝え、他に色々と話を。


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桃太郎のために元旦に。



今年は1月からJKCのショーに。

犬の毛色考

出典:社団法人日本犬保存会 会誌「日本犬」 昭和48年 第10号 より

犬の毛色考 (抜粋)  農学博士 長倉義夫

毛色は人々の嗜好によって段々に移り変わっていく。この傾向は体型の好みと同じで、十年前の名犬が、必ずしもその儘現在通用しない場合すらあり得る。余りの急速な変貌は危険であるが、嗜好もまた、その行き過ぎは危険である。その犬種が台無しになってしまうからである。

毛色を考える場合に重要視すべき点は、美しさということの他に、その犬体の健康にどうだろうかという考慮を払う必要がある。そのような悪例は沢山に今までに経験しているので、躊躇なく、健康を害するような毛色は思い切りよく諦めなくてはなるまい。これは当然のことである。ただしそういう冒険をしてもなおかつ大丈夫という限度が、はっきりと確信出来る場合は別である。

濃い色は問題なくこれは健康色であり、気持ちのよい色彩である。しかし一方、珍妙なる斑形や斑色の配分もまた捨て難い味わいがあり、淡色化からさらに進んで漸進的に色が褪めかつ消え去ってしまうそうした途中における淡色化に発生する複雑色も決して、あなどり難い魅力を倍加こそすれ興味を減退させる原因にはならない。

ただ、その犬種の健康を保持し、その将来の健全発展を思うのであるなら、一応限度をしっかりとわきまえておくべきであろう。またもし仮に人々を驚かせるに足りるような毛色ができたとしても、そのために健康体でない基礎に生れた色であっては、与える感応も大いに減殺されてしまい、努力した甲斐も根こそぎ無くなってしまうことであろう。

矢張り日本犬は、その基本的な標準色こそがその表現であり、その毛色を遠ざかれば遠ざかるほど、珍妙ではあっても体型と性格にひびが入ってくるに違いないのである。

犬馬鹿日記(少年期) 金指光春

犬馬鹿日記(少年期) 金指光春

出典 平成16年 社団法人日本犬保存会会誌より



 昭和初期、「名利没却し単なる趣味、娯楽、物好きにあらず、遠き古代先人の生活にふれ、歴史を知り過去、現在、そして未来に生きる人々をつなぎ日本犬を伝えるものです。」
 この精神のもとに、日本犬の絶滅を危惧した有志が、斎藤弘氏等を中心に、関西からは、里田氏などが呼応し、昭和三年についに日本犬保存会創立を見たのであります。
 当時の人達の類い希な情熱とその研究心、そして、日本国中を東奔西走し、定量的、科学的に調査をされ、朝日、毎日、読売などの新聞、雑誌にも日本犬の保存を強く呼びかけ、これに全国から同志、同好者が呼応した。と、当時の日保会誌に書かれています。
 斎藤弘氏は、さらに日本犬の中、小型に最も影響のある朝鮮半島最古の犬の珍島犬の調査、研究に渡朝し、その骨格を入手し、研究したとあります。又、この珍島犬に関しては日保会誌、昭和十五年第九巻第六号に、理学博士で当時の京城大学教授の森為三氏が、前記の調査、研究と併せて昭和十二年度の宝物名勝天然記念物委員会に提出し、昭和十三年五月三日に朝鮮総督府官報号外をもって天然記念物に指定されたと記述されてあります。


犬馬鹿誕生


 さて、小型犬の柴犬は、昭和十一年に天然記念物に指定され、ここに柴犬の誕生を正式にみたわけであります。この年の二月、雪の東京で軍部若手将校による二・二六事件が発生したわけでありますが、この直後に不肖、私、犬馬鹿もこの世に生を見たわけであります。この二・二六事件を機に軍国主義の台頭、第二次世界大戦と国民も日本犬も大変困難な時代に突入していった時代でもあったわけであります。

 終戦後、大戦中に神奈川県の辻堂海岸が、米軍の有力上陸予定地とのことで、トーチカ工事設計に来て、その後定住した茅ヶ崎の中田治氏宅に、柴犬が沢山いるからみにいかないかと友人に誘われた。そんな湘南海岸近くの広い庭の家であった。庭には、夏の日射しをさけて、一匹の黒い柴犬が椿の木の根っ子に足を投げ出して、胡散臭そうにこちらを見た。放し飼いである。ふと立ち上がったかに見えたが、前足だけで器用に次のつつじの木の下に移動した。

「アッ、後足がわるい!!」これは可哀想にと同情的にその顔をみた。ところが、そんなこちらの気持ちと反対に、無言で、こちらを睨んでいる。ピーンと立った小さな耳、顔を真っ直ぐこちらに向けまさに自信満々の様子だ。その迫力に思わず二人の足は止まった。何か動いた気配に後を見ると、いつの間にか応援するかのように赤毛の小さな柴犬が直ぐ後ろに立って、こちらを見上げて睨んでいる。小粒ながらも中々の強者である。あとで解ったことであるが、この犬(光子号-赤石荘)は誠に意地悪で、犬を連れて中田氏宅に行くと、連れて行く犬は必ずといってよいほどに、後からこの光子号の牙の洗礼を受けた。

 両犬とも甲府の坂口氏(赤石荘)作出の天下の名血統である。当時これ以上の名血は数少なく、信州の石川氏などは何回となくこの犬を信州へと懇願したが断られた。

 この"黒姫号"と"光子号"との出合いとその犬の味わいは、かの有名な青森の大間のまぐろの味見をさせてもらったのと等しく、この上ない御馳走であり、教訓であり、又とない体験であったわけであります。この家の横に、白い犬で太い鎖で繋がれた静かな中型犬が居たが、後にこれが岩渕のケン号の直仔だと知らされた。

 この湘南海岸には馬場良夫氏(元日保審査員)も在住され、中号(赤石荘)直仔の"クロ号"や四国系の"元号"、四国犬陸奥号直仔の"渓春号"も居り、さらに岩城宅にはアカ二号直仔で大臣賞犬の"哲光号"がいた。

 まさに犬馬鹿一直線の道筋は十分過ぎる程、整っていたのでありました。それぞれの犬がいずれも「気魄」満々であった。「野性の叫び声」ジャック・ロンドンかシートンの「動物記」の物語の世界から野性と同化してしまうのではないかと感じられる日本犬との出合いは、若いが故に犬馬鹿病の進行は速かった。

 話はそれますが、先日(七月十一日)は日本武道館で山本寛斎総指揮のスーパーショウ「アボルダージュ」をみた。新撰組の土方歳三の場面、中央ステージの四隅に立てられた、武道館の天井まで届くような太い青竹、場内が「シーン」と静まりかえったその瞬間、烈迫の気合とともにピカッと日本刀が一閃した・・・やがて・・・何秒かのち両断された青竹がスットンと落ちた。日本犬の気魄は「寂滅境より紫電一閃すれば、一刀両断肉を斬るにあらず、空を斬り、無を斬る」日本剣道の迫力と相通じている。我が師松本克郎(一文字)先生五十数年前の小生高校生の頃の言葉が蘇った。


松本克郎先生


 斎藤弘氏の影響を強く受けた先生はそのキャラクターは強烈であり、ズバリ、ズバリと切り込んでゆく論法に反論するだけのものを持たない人々の敵愾心を集めたのも事実である。
 昭和二十八年頃だったと思う。信州の石川健平さん仲介で、茅ヶ崎の中田氏宅に、四国犬の"黙号(一文字)"が入った犬舎の前に立つと、底唸りと強烈な眼差しで睨みつけられた。これが犬かと思うほど物凄い迫力である。顔の血が引くのが感じられた。ウルフグレー(狼灰色)の針のような剛毛の下から真っ白い綿毛を地割れをしたかのごとくのぞかせていた。松風系のような顔面のふちどりはない。陸奥系にありがちな赤のターンの濃さもない、初めてお目にかかる本川系の強者であった。そんなとき中田氏宅の戸障子が一尺ほど開き、眼鏡をかけた、いやにインテリ振った面長な顔がのぞいた。眼鏡の奥で、ジロリと小生を一瞥すると、「学生さん良い教科書だろ」とピシャリと戸が閉った。「そうか、あの青瓢箪が話しに聞いた帝大出の松本だな・・こうなったら、この犬の欠点をトコトン探してやるぞ」とおよび腰で犬舎に近付いた、とたんに落雷にあったような一喝を食らった。

「お茶が入ってるわよ」中田氏の奥さんの声で家に入ると、ウイスキーを前に青瓢箪先生が、話しをしながらペンを走らせていた。第一質問を発した。「黙の後肢は歪がありますね」、「それはそうだ寂にもあったし、無かったらおかしい。しかし日本犬の本当の気迫を持っているだろう。しかし、可愛い奴だ、五年振りなのに、わしを見たら尾を振りおった。ときどきは来て黙と仲良しになり、中田氏に頼んで運動させて貰うと解るよ。足に歪があっても本川系の足さばきを見せるから・・・」いよいよ変人だ。歪のある足で、まともに走れるはずがない。だいたい本川系の足さばきとは何だ・・・口には出さぬがいよいよ難解だ、解らぬ解らぬと話を聞いた。時間の経過も解らなくなった。正午過ぎから話を聞いたが、いつしか夜になり、やがて東の空が白々と明けかけていた。

 朝食のとき「君は実にタフだ、その若さは大事だ。日本犬の見方は犬を多く観る事、どんな遠方でも、良い犬と聞いたら見に行くこと。先輩や先生と名の付く話しや意見を批判的に聞くこと。それから犬体の生理学的知識を豊富に持ち計画的に犬の作出をすること、最後に日本人として素養、教養を持つ、日本的なものに対する涵養である。これの足りない人は絶対に駄目で、日本犬を語るに値しない・・・。と斎藤さん(斎藤弘氏)はわしには実にきびしい。」と語られた。

 かくて松本先生、来神と聞くと、一言一句もらさじと話しに聞き入った。後日寂号についてはこのように述べておられる。「寂は、熊とは趣を異にしていたが、同じ本川であり、どことなく似たところ、凡々たる田夫野人の風格を若年ながら具えていた。頭骨の大きなこと、前、後肢に歪のあること、大向を唸らせる派手さはないが、側に置いて、しみじみと犬を飼う楽しさと喜びを感じる犬。平凡そうで非凡な何かがひそんでいる犬。やはり檐の廂の下でごろりと寝転んで、野山の夢をむさぼっている地味な日本犬であった。」

 その頃、四国の名犬、長春、楠、熊、ゴマなどの話は、身震いするほど知りたかったし、聞き入った。その味、動き、体質と特長、現在までの血統の流れと、先生が髭を剃るときも質問した。仕方なく、ご自分の唾で剃り終った。そんな松本先生も今は亡く、高校生の頃共に通った、石渡君もそれを追うが如くこの世を去った。


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寂号 故・松本克郎先生所有犬 野武士小屋提供



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黙号(一文字) 寂号(本川系)直子  
出典:日本犬大観(誠文堂新光社)より

「気魄」ということに就いて

出典:社団法人日本犬保存会 会誌 「日本犬」 昭和35年 第6号

「気魄」ということに就いて

日本犬第七巻第八号より転載
  
           山田舜亮

 私は理論的にものを云つたり考えたりするのが、すこぶる下手で、幾度か一度会誌になにか書かして頂きたいと思いつつも折角の貴重な紙面を費やすのもどうかと思い、また、私如き未熟者の出る幕ではないと思い、さし控えていたものであるが、近来頓にやかましいので気分の上で誘われたとでも云おうか、何か書きたい気持ちが油然として涌いて来たので、つい至らぬ筆と採つてみた。

 七月号に平島氏が「いろいろな言葉の解説」をされていたのを見て、「気魄」という項目がない。日本犬には切つても切れぬ言葉であるのにそれがないのが注意を惹き、これが動機というか暇にまかして保存会の以前の大きな型の「日本犬誌」や、以前の「月報」果ては「関西支部報」、「日本犬の検討号」(犬の研究社発行)やら、何かとひつぱり出して来て、気魄という字句を捜してみて、漫然とこれについて書いてみようと思つたのである。何分厚い最中の事ではあるし、沢山の本でもあるのだが、その割合にその字句が使われていないので見落しということもあろうが、これはただ思い付きに始めだしたことであるので、必ず誰れかが締めくくりはして下さる事だろうとしてお見逃し願いたい。

 先づ一番最初に使われているのは、岩橋恒三氏が日本犬第二巻第二号(昭和八年十一月)に「紀州日本犬調査記」を書かれ、その文中に「尾は差尾にして頭部胸部良く気魄又良し」と書かれている。それから昭和九年十一月までは一時(中絶(?)というかたちにて、この十一月の月報に寺岡環氏が斎藤弘氏宛の書簡文中に「日本犬に護衛犬として警戒犬として、敵を噛み倒し得る気魄の鋭さ」と申しておられる。このように気魄という字句をただ形容詞として使用されているのは、それから以後は大分に出て来る。久米清治氏が「山形、福島県境調査記」(日本犬第三巻第二号)中にもあるし、高久兵四郎氏に於いてさえも「日本犬の精神美」(日本犬検討号)にちよいちよいと使っている。寺岡氏には特にこの字句を使われているのは顕著である。最初からだと七篇の文中に使われている。いちいち列挙するのもどうかと思うので書き出しはしないが、展覧会の個評などには随所に出て来る。それだけ気魄という点を重要視されていたものと思われる。

 久米氏は前述の調査記以後日本犬第六巻第二号から連載された「紀州山中調査雑記」中に、気魄に就いても一歩つき進んで強調されている。斎藤弘氏は二篇。一つは「史前犬骨計測旅行」日本犬第五巻第六号)中に里田氏の山犬クマ号を評して「此の犬を見ずして日本犬の気魄を語るなかれ」と云つておられるし、「第一回九州総支部展報告」中には、犬郎号、丸号、藤五郎第の三頭の個評中にこの気魄という字句が使われている。里田原三氏は「第四回展点描」(関西支部報昭和十年十二月号)中に「結局小型は気魄と軽快さを重視すべきものか」と云われていて、これ以外大分文書は書かれているが、この字句はあまり使用されていないようである。京野兵右衛門氏も不思議と使われていないらしく、わづかに「第三回関西総支部展審査報告」(日本犬第六巻第七号)中「妊娠中の故か顔貌気魄を欠いでいた」(コマ号個評中)というに使われているのみであるが、この字句に変るべき「悍威」「悍味」「精悍味」というのは度々見受ける。渡辺肇氏も「気魄」という字句ではなしに京野氏と同じような字句のみ使用されていた。私と犬名かにはちよいちよいと使用されている。

 「私と犬」中にはちよいちよいと使用されているが、「楠号」の作出者というべき大角勝太郎氏が使われているのは肯あるかなと思われる。安原峻一氏も使用されている。貝藤忍氏も仁木忠男氏も使われている。私も寺岡氏の影響か知らぬが、いつもこの字句を使いたがる傾向があるのか、使わずともいいと思われる所にも使うている場合がある。松本克郎氏に至り形容詞というよう生まやさしい事ではなく、こにお気魄という事に対して真向からブチ当つて究明しようとされている熱意は敬服に価するものがある。

 気魄ということに関連して使われている言葉は次の如きもので、「気質」「気性」「禀性」「根性」「渋味のある」「素直な」「良性」「忠実」「従順」「素朴」「品位」「威厳」「鋭さ」「水も洩さぬ斬れ味を思わす」「沈勇」「沈着」「落ち着いた風貌」「面構え」「狂暴でない」「狂躁性でない」「暴勇でない」「勇敢な」「大胆な」「度胸のある」「肝玉の据つた」「争闘的な」「怜悧な」「意志力」「弾力ある」「隙がない」「電光石火」「感覚鋭敏な」「動作敏捷」「うかつに手の出せぬ凄味」「悍性」「精悍味」「悍威」「強健」等と、多種多様に使われ、それ程気魄というものは深みのあるもので、一面如何にしてそれを強調するかということに焦つているようにも思われる程のこの言葉である。それ程気魄というものは適確に表現しにくいものであるらしい。

 次に気魄ということの礼讃されている言葉も次の如きものがある。「骨の枯れた気魄のある犬を見ていると日本人として生れた事を感謝したくなります」(松本克郎氏日本犬本年一月号「気魄こそ日本犬の生命である」(松本氏日本犬本年三月号)「気魄は日本犬の独特のもので全く何とも言えない良さがある」(同右)「幽然として胸に迫るものを感じ、凛として四方を払う気概ある頼もしさは何と云つても日本的美しさであり、日本犬のみに与えられた特徴である」(同右)また、うまく形容され礼讃されているのは、「寂滅より紫電一閃すれば一刀両断、肉を斬るにあらず、空を斬り、無を斬る、と言う日本剣道の迫力と相通じている」。(松本氏日本犬本年三月号)と。

 気魄の体型の関連や訓練との関連は相当慎重に考えなければならない問題であるだけに、この方面に就いてはあまり書かれていないようである。これに関しては寺岡氏と久米氏が書かれている。「必然的に気魄優れた勇猛の犬の系統が栄え気魄秀でたものに悪しき体型を示すものなく」(久米氏日本犬第六巻二月号)と云われ、同年四月に於いては、「卓抜な気魄は卓抜な体型に潜む」とまで喝破された。この事に就いては松本氏(日本犬第七巻二月号)も「気魄は犬の眼や面構えやその性根の中にのみ宿るものではないと言うことだけは断言出来るのであります。尾の先、肢の先、耳の尖端にまで気魄は要求されるものでありまして四肢のみを観察しましても、その犬の気魄は躍如として窺うことが出来るのであります。静止状態に於ての全身鵜の毛でついた程の隙もない」と具体的に述べられ、また「身体の各部に気魄は表現さるべきもの」(松本氏日本犬本年三月号)と述べられている。松本氏は「卓抜な気魄は卓抜な体型に宿る」と云われるのであろうと思われ、結局久米氏と云われる所同じようであります。久米氏は更に進めて、この気魄は「猟犬として或は家庭犬として日本犬を永遠性あらしむるもの」(日本犬第六巻四月号)と断じられている。寺岡氏も「日本犬の使役的価値」(日本犬第四巻第一号)の結語として「気魄鋭く、大胆、沈着にしてしかも鋭敏性あり警戒性、服従性に富み理解力発達せしもの」を今後の使役日本犬は要求されるべきだと断じている。私はこの気魄をどう導びくかという事を(日本犬第六巻五月号)「日本犬に限らず気魄というものは、使役上第一の必須条件であろう。しかしながらそれのみ讃えてよき気魄の導き方を忘れていては、骨董品を漫然と眺めているに等しいものである。(中略)卓抜な気魄を損う事なくして日本犬本来の気魄を育みつつ基本訓練の一部分でもいい服従訓練をやつてゆきたい」と述べた。

 ここまで書いて来ていささか辟易して了う。これから気魄の根本主義を究めたいと思うのだが、気魄という一字句は凡そ深遠なものであるのを感じるのであるから。気魄そのものに対しての解説は寺岡氏と松本氏のみが試みていられる。寺岡氏は問答の形式を以つて次のように気魄は「気魄だ、つまり悍威に富むと日本犬標準にある奴さ、意志力も強く、沈勇でありしかも鋭さのある所謂ピーンと来る奴さ」(関西支部報昭和十年十一月号)と多少持て余されていられるようにも思われる説明の仕方である。それ程気魄というものは誰れにでも多少は解つていながら、いざ言葉で表現しようとすれば仕難いものであるらしい。それが松本氏に至り尚更多くの字句言葉をもつて、また比喩までも加えて、それに対してはつきりと分明さそうと努力されている所がある。そして、「簡単にして断定的な言葉を弄することは慎み」(日本犬第七巻二月号)たいと云われている「各人各様の見解の差異あるようにも思えない」とも云つていられる。ところが三月号には、簡単にして断定的に気魄とは「犬の本質の中に沈潜する迫力の表現」とずばりと云われている所はさすがだと思える。そして犬の本質ということに当面していられる。安原氏と共にこの冬あたりより本質論を振り翳ざしての登場だけに当然の帰着と云わねばならぬが、この「本質」という言葉の内容やその他に関しても「気魄」と同じように、また多くの紙数を費さねばならぬ事であろうと思う。ただこれに就いては日本犬第三巻第二号の日本犬標準書解説中に「本質とは中型日本犬本来の性質素質のことでありその表現とは有型無型対者にその本質を感得せしむる処のものであり」とある通りの簡単な事に済ましたいと思う。最初に平島氏が「気魄」という言葉の解説をしていられないと言つたが、これに変わるべき「悍威」という項目の説明にてその解説に相当するものであると思う。事更に「気魄」と申されなかつたのは何か期する所あつた故か、或は無意識に「悍威」という事が使い馳れていられる故か知らぬが、ここにも「体に遊びのないたるみのない」と申され体型に関連しての説明あり「うかつに手を出すない凄味のある落ち着きを云いましょうか?」と全く「気魄」の解説と同じものと見倣してもよかろうと思うのである。

 さて、以上述べてきた事を綜合して未定稿として定義づけてみようと思う。
 気魄とは悍威、精悍に通じ、犬そのものの本来の性質、素質の中に沈潜するところの迫力の現現であつて或は水も洩らさぬ斬れ味を思わす鋭さの中に威厳あり或は狂躁性でない勇猛果敢を想わす落ち着いた面構えとなり、或は怜悧な意志力の表現となり、隙なく動作敏捷、悍味を以つてうかつに手も出せぬような凄味こそ幽然として胸に迫り、凛として四方を払う気概となるのである。この卓抜な気魄こそ卓抜な体型に宿るところのものにして、猟犬とし家庭犬として日本犬を永遠性あらしむるものである。しかしながら、これを徒らに讃えるのみでなく卓抜な気魄を損うことなく適確に使役的に教導して以つて万全を期すべきであろう。

 と、云つてしまつてもまだ気魄に就いて云い足りないという気持ちがあるし、これで果して気魄というものを人に伝える事が出来るかどうかと考えれば、やはり気魄というものは定義づけしてしまうものではなく、精神的なものだけに精神的に感じるより仕方なく、結局、寺岡氏の謂われるピーンと来る奴だと云うよりは仕方がなかろうと思う。

 また、松本氏の謂われるように、気魄即ち日本犬とも云えるのではなかろうか。気魄なき日本犬は存在しないかのであるから。(昭和十三年七月十八日ヤポニカ舎にて)

※原文のまま掲載

そこに、魂は在るのかいっ?


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新年明けましておめでとうございます。
今年も桃太郎の応援宜しくお願い致します。

             湘南美雅荘

おおみそか


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雅の胡蝶号-湘南美雅荘 本日撮影 生後2年6ヶ月

今年もあと数時間。
沢山の方々や沢山の犬達には本当にお世話になった。

来年もまた。

峠は過ぎたと思いきや

風邪のピークは過ぎたけどまだ少し不調が残る今日。
なんで年末だからってバタバタしなきゃいけないのかしらと愚痴りたくもなる感じの。ほんのちっちゃなことでもイラつく要因に。フードコートで待ってると一度で呼べば良いのに2回も呼んだ上に品物全部来てねえし程度のことで。


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柊姫号-不動ヶ滝犬舎が亡くなった時に、ずっと玄関周りを見張ってくれていたヒイラギにリスペクトして先日、玄関に柊を2本植えた。無事に着いてくれれば良いけれど。

以前、楓が亡くなった時に楓を買って来て姉が地植えはダメだと言い出してデカい鉢に入れてたものの、移動させた時にボキッと折れてしまったことがあったので今回は最初から地植えの考えで。


完食出来ないね
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明日は掃除の残りと、今年亡くなった雅の美果号(湘南美雅荘)と柊姫号(不動ヶ滝犬舎)を土に還す。

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雅の美果号-湘南美雅荘

果てまで美しい、湘南美雅荘の基礎犬でした。


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柊姫号-不動ヶ滝犬舎

優しい刺を持っていました。

合わせる

昨夜の女子会は何とか体調を整えて参加出来たのだけれど、今日はお昼前から体調不安に。
夕方の犬達の運動は何とか終えて、夕飯を食べる前にお風呂に入り、夕飯を食べている時が一番のピークで熱を計ったら36度5分。いつもより1度高い。
その後ビッグダディを観て夜9時前にピークを迎え、今は台風が過ぎ去ってる感じ。

しっかし今日から休暇になったその日から体調が崩れるなんて、ある意味本当に仕事熱心なんだなあと思う。誰も言ってくれないから自分で言うのだけれども。

昨日は仕事納めの帰り、女子会参加の前に野武士小屋へ出掛けた。金指真吉さんに愛犬の友1月号と、その写真で作成したカップと、タペストリーをお渡しした。言われたのは「このままで良い、太らせるな」。

今日は合間を縫って相州丹沢荘へ。金指光春先生にも桃太郎の写真入りカップとタペストリーと、桃太郎の写真原版をお渡しした。
桃太郎の仔犬達・かぐや姫とカチのことを聞かれ、金指光春先生はかぐや姫がいい感じなんじゃないかと云われ、カチも順調に育っていますと説明した。桃太郎を超える日本犬はもう自分では絶対に作れないのを前提に物事を言うにしても、桃太郎とごっちゃん、その祖先の煮詰めた、濃縮されたものを引き継いでいると、かぐや姫とカチに関しては思っている。

あと2日。

仕事納め

来年に向けて体力つけとかないとねってことで今夜は女子会に。

Secrets stolen from deep inside



車中に常備されているCD。「個人で楽しむ用」に自分で作ったもの。
中身はCyndi Lauperのタイムアフタータイム。いくつものバージョンが入っている。+α。
若い時からごく最近まで、ライブやスタジオ、ドーナツ盤やDVDから落としたものまで。

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タイムアフタータイムには『全部』が入っている。そう、全部。

展覧会の会場でとある大先輩がうちの犬に「この犬はどこそこが悪いねえ」って言った。大先輩は何の気無しに言ったのかも知れない。深く考えずに。そこで金指光春先生が言った言葉を思い出した。

『完璧なる犬を持つと辛いぞ、人間はどうしても悪いとこを探し始めるぞ』。まあその犬は桃太郎じゃなくて、判ってるけれど成長過程も有るし凄いとこ有るから、気に入っている犬だから飼わせてもらってるんだけどね。

「悪く無いのに悪いと勘違いしている」のを差し引いても、それをそのままにしておくと、先達の方々がやってきた事とかけ離れてしまうので大先輩に「良いとこ探しましょうよ」と言ってしまった。ちょっと慌ててしまった大先輩。それでも言って後悔はしていない。僕が思ってることをそのあとでちゃんと話したから。



「やっぱ政治だな」とか「そういうことじゃないとダメだな」って言う人が周りに沢山居るけれどそれでも、それでも、それでも、最後には質の高いものが評価されると、僕は信じている。



明日は女子会!



声が出難くなってきた(焦
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